相撲と脳震とう

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日馬富士の傷害事件であるが、事件とは無関係にマスコミが騒ぐので、どんどん変な方向になっているのだが、何やら「頭蓋骨骨折は疑い」だからしていないとか「重症では無くて軽症」とか?協会の不和とか?もう傷害そっちのけで大騒ぎだ。

骨折とか髄液とかは置いておいて「脳震とう」は起きている。これは別に診断に異議を唱えていない。マスコミも「脳震とうは事実」と見ているようだ。なら事実と見ていいだろう。

そして話題は頭蓋骨骨折と髄液ばかりだが、脳震とうだって危険だ。しかし日本では危険性があまり認識されていないのが現状である。「ちょと頭を打って失神した」ぐらいにしか捉えない。でも脳震とうは怖い。なぜならレントゲンでもCTにも映らないからだ。骨折なら分かる。髄液の漏れも検査すれば分かるだろう。でも脳震とうの影響は判別しにくい。少したってから後遺症が出る場合もある。だから怖いのだ。医者も影響が判別できないからね。

だからかつては脳震とうでも平気で試合に出ていたした。特にアメフトやラグビーなどタックルのある競技など脳震とうは多い。もちろん相撲もそうである。頭からぶつかるからね。そして失神してもちょっと休んでまた試合に出たりしていた。これは非常に危険だ。脳のダメージは回復していない。そこでまたタックルする。症状がひどくなる。だから問題になっているのだ。

なのでアメフトのNFLなども「脳震とうになったら最低一日は休む」とルール化した。それでも不十分で問題になっている。もちろんその選手はその試合には戻れない。ドクターストップである。どんなに意識がはっきりしていても後遺症があるかもしれない。そんな状態でアメフトさせるわけにはいかないのだ。

もちろん脳震とうは交通事故でも暴行でも格闘競技でも起こるので、今回暴行で起きたのなら「大事をとって2、3日は巡業を休む」程度の配慮をすべきだろう。脳のダメージは回復していないのだ。もちろん本人も気づいていないケースも多い。脳がおかしいことは本人の脳には分からない。「ちょっと調子が出ない」くらい思っても不思議ではない。だから医者が止めるのだ。力士も部屋や生活がかかっているから、多少無理しても稽古をしたりする。それも怖いのだ。ぶつかり稽古などでダメージが蓄積される。その配慮を相撲部屋でしていたか?と言えば微妙だ。そうした対策に積極的なNFLでも対策が遅れている。脳震とうは深刻な問題なのだ。

なにやら階段から落ちたとかと言う話もあるが、これも脳震とうを発祥しているなら、症状がひどくなって、めまいやふらつきが起きても不思議ではない。脳震とうでめまいがあったから階段から落ちたのだ。証明はできないだろうが。その可能性もある。

だから本人が「階段から落ちた」と言ったのも辻褄が合う。事象から見ればそうだからね。暴行の後遺症だとはその時は思っていないのだ。でも詳しく話を聞いたら「暴行を受けた」から念のため被害届を出したのかもしれない。確かに良く分からないと言うのが妥当だ。暴行で脳震とうが起きたのか、その後の巡業なのか、階段から落ちた時の衝撃かは分からない。もちろん誰かが嘘とついているかもしれないが、それは分からないので、一応すべて正しいとして辻褄合わせる事にする。

暴行は親方の貴乃花も知っていたから、その時貴ノ岩が失神するまで殴られたのなら、当然巡業は休ませるべきだ。脳震とうの可能性は否定できないからね。巡業部長であるので興行を優先させたのかもしれない。貴ノ岩鳥取城北高校の監督の推薦で貴乃花部屋に入門している。休むとなると興行に影響が出るのだ。もちろん責任者は巡業部長だから貴乃花も責任ともなる。本人も無理しても錦を飾りたい。そうした思惑が不可解な事実関係になっているのだろうね。軽い脳震とうと甘く見ていたら違っていて大騒ぎになったのだろう。日本ではラグビーで「脳震とうをしていたけどトライして美談」とか言う風潮もある。根性のトライで「よくやった」だ。そうした古い体質は相撲界は多いから「たかが脳震とう」と思っていたに違いない。

だから根本的な問題点が既に違うのだ。暴行であろうと取り組みだろうと稽古だろうと「脳震とうを起こしたら最低一日は休む」くらいの処置は必要だ。できれば数日は「ぶつかり稽古」などは禁止すべきだ。場所中に取り組みで起きたらそのあと休場させるべきである。本人は成績もあるから出たい思うだろうが、酷くなって後遺症になるかもしれない。力士の安全を第一に考えるならこれくらいすべきである。

それを「たかが脳震とうくらいで稽古を休むとは何事だ」と思っている内は協会の体質は変わらない。そう考える私である。

この辺で締めたいと思います。

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将棋の日

 

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中学生プロ棋士の藤井四段が何かと話題になっている将棋界だが、11月17日は「将棋の日」である。これは日本将棋連盟が公式に「将棋の日」としている。これは徳川家康がこの日に「御城将棋」したのが旧暦の11月17日で、いわゆる御前対局したのにちなんででる。年一回行われるようになった。11月17日が恒例になったのは8代吉宗の頃だそうだ。

将棋の「名人」と言う称号も付けたのは家康である。初代は大橋宗桂で1612年に名乗るの許されたのが最初である。そして大橋家の世襲となる。これを「世襲制名人」と言う。明治維新と共に世襲制は無くなったが、実力制になったのは13代の関根金次郎が名人を返上したことから始まる。1935年から名人戦となり、タイトル戦となった。実力制名人の初代は木村義雄である。

将棋のようなゲームは世界にある。チェスも「西洋将棋」とも言える。取った駒を使えるのは日本将棋独特のルールである。発祥はインドと言われる。もちろん取った駒は使えない。日本の将棋は戦国の頃に確立した。だから家康が公式に「名人」を認定したのだ。ちなみ囲碁の初代名人は本因坊算砂と言われている。信長が名乗るのを許したそうだ。

ちなみ囲碁の歴史は将棋より古い。発祥は中国であるが、日本に入ってきたのは奈良時代飛鳥時代である。正倉院の宝物の中に「囲碁」がある。なので古くから遊ばれていたのは事実だ。ちなみに大河ドラマ井伊直虎がやっているのは囲碁だ。前年の大河も真田昌幸がやっていたのも囲碁である。将棋は当時は公式ルールも確立したはいなかった。「二歩」が反則になったのも江戸時代に入ってからである。なので囲碁に比べて歴史は浅い。

そして正倉院に入っている遊具には「すごろく」もある。これは「バックギャモン」である。その頃からサイコロが日本にもあったのだ。これも大河「平清盛」にも登場する。もちろん博打としてだけどね。なので歴史は古い。発祥はエジプトとも言われている。世界最古のボードゲームと言われている。そして日本に入ってきたは「奈良時代飛鳥時代」である。宝物として残っているからだ。

囲碁にしろ将棋にしろ、博打の対象になった歴史がある。もちろんバックギャモンもそうで、7世紀に持統天皇が禁止令を出している。「賭博禁止」である。もちろん将棋や囲碁も同様だ。勝ち負けを賭ける。俗語では「握る」と言う奴だ。なので家訓で「将棋禁止」と言うのもある。賭博をするからだ。ちなみに朝ドラの「ふたりっ子」には「賭け将棋で生計を立てる」佐伯銀蔵と言う人物が登場する。「真剣士」といわれる。モデルは真剣士の大田学らしい。「ふたりっ子」双子の姉妹が主人公で妹の野田香子がプロ棋士を目指す。ちなみに女性のプロ棋士は誕生していない。「女性限定」の「女流プロ棋士」である。なので羽生と女流棋士が公式で対局することはほどんどない。「女流枠」があるNHK杯など一部の大会のみである。

もちろん女性であっても正規のプロの受験資格はある。実際にも養成機関である奨励会には女性も多い。それを当然意識してのドラマだ。現実には女性は「女流」に転向するのでいないのだが。「女性初のプロ棋士(女流ではない)」の夢をいだく女性の話である。なので将棋関係者も監修している。ドラマでは実際の棋士も登場する。将棋を題材にしたマンガやアニメもあるので、「三月のライオン」とか興味がある人は見ても面白いだろう。

プロ棋士が「一番印象残っている対局」で答えるのが「プロ入りを決める三段リーグの大一番」を上げる棋士が多い。プロは四段だからその一歩手前の「三段リーグ」である。奨励会を昇段して、最後の関門だ。三段が集まってリーグ戦を行う。原則は優勝一名が昇段でプロになる。もちろん藤井聡太も勝ち上がってのプロ入りである。

プロになれるかどうがのリーグ戦である。他のタイトル戦とは違う。負けたらプロになれないのだ。藤井聡太みたいに早くしてプロになれば違うだろうが、奨励会には退会規定があって、現在では「原則満26歳まで」となっている。昔は「22歳」とかだった。なので20歳でプロになったとかの場合は重みが違う。一年、一年がプロ入りの勝負なのだ。崖っぷちである。最終年にギリギリで勝ってプロになった棋士もいる。「当時の事はあんまり語りたくない」そうだ。今でも「三段リーグの控室には入らない」と言う。プロ棋士が入っただけでも重圧を感じる。ギリギリでプロになったからよく知ってる。気軽に入れないのだ。勝敗に影響すると思うからね。気軽に入って「調子どう?」なんて話す棋士もいるが、耐えられないそうだ。だから控室には近づかないらしい。

 

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なので、普段は礼儀作法は厳しいが将棋は全く教えない師匠でも、この時ばかりは教えると言う。プロになれば赤飯を炊いてお祝いだ。タイトルを取っても「防衛したら一人前」と言うような厳しい師匠でも、この時ばかりは別である。師匠とちゃんと指したのは「三段リーグの時に一回だけ」なんて言う棋士も多い。ここ一番の大勝負だから師匠が教えるのだ。「ふたりっ子」でも三段リーグで師匠が一度だけ教えるシーンがある。

最近は「eスポーツ」とか言って「ゆくゆくはオリンピック種目」とか言っているが、この流れは将棋や囲碁にもある。世界的に見れば囲碁の方が競技人口は多い。韓国や中国もさかんだ。日本のプロ棋士にも韓国や中国出身者は多い。もちろんそれぞれ国にプロがいる。なので海外主催の国際大会もある。最近は中国などがさかんだ。将棋は世界的にはそれほど普及していない。もちろん外国人のプロ棋士はいない。それが現状である。

そうした違い往々にしてある。例えば将棋は畳だが、NHK杯囲碁は机と椅子で中継する。これは「囲碁の国際化」意識して変わった。服装もスーツが多い。外国人棋士がいるからだ。将棋はタイトル戦は和服が基本だが、囲碁は違う。スーツでもいいのだ。もちろん香港など行われる大会だと机と椅子である。成り立ちが違うから違うと言えばそうであるが。国際化して五輪種目となるとそう言う事も変えていかないといけないのだ。

将棋の日と言う事なのでこんなことも書いてみた次第である。

この辺で締めたいと思います。

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相撲と信長

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何やら横綱日馬富士が傷害事件を起こしたらしい。

モンゴル力士の飲み会の席上で暴れたそうで、芸能ニュースもそればかりである。相撲関係のこの手の暴行事件も多いが、いささか食傷気味でもある。被害届も受理されており、後は司法の捜査に任せるべき問題だ。マスコミの報道もいつものノリで「横綱の品格」とか「相撲道」とか、訳の分からない報道っぷりである。こう言う主観的な報道は枚挙にいとまがないのでどうでも良い私である。ちょっと前は「白鳳の張り手は卑怯」とか?でもってかつては同じ暴行事件でも「これはかわいがりだ」と言う報道もあった。暴行して力士が死亡した事件もあるが「かわいがり」と言っていた。なのでさっぱり分からない私だ。

それで相撲と信長との関係について書きたくなった。ちなみ相撲と言っても色々ある。日馬富士はモンゴル出身だが、モンゴルにも相撲がある。世界各国に相撲のような格闘技がある。西洋ならレスリングだろうか?

しかし細かい所に違いはある。モンゴル相撲には土俵がない。リングアウトがないのだ。広い草原で行うからだが。ちなみに場外負けがある格闘技は日本相撲くらいである。柔道も場外は減点ではあるが、負けではない。ボクシングなどはロープを張って逃げられないようにしている。微妙な違いがあるのだ。

でもってその土俵であるが、作ったのは信長と言われている。相撲は古来から行われているので古事記にも記述がある。なので神事とも言われているのだ。その頃は土俵は無かったらしい。

その土俵を作ったのが信長と言われている。信長は相撲が好きでよく相撲大会をして観戦していたそうだ。そして相撲の土俵の上にある「吊り屋根」にある家紋は信長からと言われている。京で天皇を呼んで試合した。天覧試合である。主催が信長だから家紋が入っている。その時からと言われている。もちろん土俵もここからである。今の相撲の原型は信長の頃に成立している。行事も信長が採用したらしい。各地の力自慢を武士として取り立てた。この頃から「力士は士分」ととなる。江戸時代は各地の藩から力士が士分として相撲部屋に入った。なので現在でも「出身地を言う」のはそのなごりである。藩のお抱えで、地方代表なのだ。現在でも力士となれば後援会とかタニマチとかできる。相撲好きの社長とかがスポンサーになる。それも江戸時代からのなごりのようなものだ。

もちろん力士は士分である。町人ではない。ちなみに幕末の新選組は大阪で力士と喧嘩をしている。橋を渡る時に力士が譲らなかったからだそうだ。力士は武士である。浪人くずれの新選組なんぞに譲るいわれはない。新選組にもメンツがある。こうなるともう喧嘩である。ヤンキーの「ガンつけた」とか「メンタン切った」とかで乱闘だ。死者も出たそうである。

もちろん力士は「十両」以上である。それは江戸になって番付ができたからだ。給料が十両だからとか諸説ある。もちろん今でも十両にならないと相撲協会から給料は出ない。相撲協会でも「新十両」とか紹介される。それ以下の番付の「序の口」とかは手当は出るが基本無給である。十両になれるのは10人に1人だそうだ。部屋に入っても力士になれずに引退する方が多いのだ。

普段なにげなく見ている相撲にもそうした歴史がある。そんなネタです。

この辺で締めたいと思います。

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大河ドラマと信康事件

 

 


先週の大河ドラマは「信康事件」の話だった。歴史ファンでも知らない人もいるので概略からである。

徳川幕府の二代目は秀忠であるが、これは家康の三男である。でもって信康が長男だ。その長男の話である。信康の母は築山殿で正室の息子だ。もちろん桶狭間以前に今川と政略結婚した相手が正室で本妻である。これはドラマを見ていれば大体わかる。なので信康は今川の縁故者である。だからドラマで氏真が「信康は助ける」と言っているのだ。義元の養女になってから家康と結婚した記録もある。なので築山殿は「義元の娘」となる。氏真の妹となる訳で、信康は氏真の甥だ。信康は後継候補の筆頭だ。そして築山殿は正室でもあり、生母である。今川家としても応援しない訳はない。家が再興できるかもしれないからね。

もちろん家康にもメリットは大きい。信康が徳川と旧今川の接着剤となる。信玄もこうした縁故を利用した。ちなみに信玄の後継者の勝頼は「諏訪四郎勝頼」である。武田ではない。それは生母が「諏訪の元当主の娘」だからである。側室にした。そして生まれたのが勝頼である。なので「諏訪の再興」として諏訪の養子にした。信濃支配を強化するために血縁関係を利用している。長男の義信が後継になるはずだったが、謀反の疑惑で自刃する。今回の信康と同じである。なので養子の勝頼を呼び戻して後見にするが「武田は名乗れない」最後まで「諏訪」である。本家に戻って「武田」に戻ったと言う研究者もいる。武田の史料の「甲陽軍鑑」によると信玄の後の当主は「武田信勝」であり、勝頼は「陣代(後見人)」としている。なので勝頼は武田家を継いでいない。あくまで「信勝が成人するまでの補佐役」である。

そうした思惑が家康にもある。将来的に駿河支配を進めるなら血縁のある信康は都合がいい。信康の正室は信長の娘で政略結婚だ。この女性が今回の事件にキーマンである。

事件の発端はこの信康の正室(以下五徳)が、信長に「信康は武田と内通している」と密告した事から始まる。これを読んだ信長は「徳川に謀反の疑いあり」で信康の粛清を命じたと言うのが通説だ。

武田と内通していたとか、信康に謀反の意図があったかは研究者でも意見が分かれる。直接的な嫌疑は「信康が武田に縁のある女を側室にした」と言うものだ。それ以外の讒言に関しては不明な点も多い。信康と五徳の夫婦生活が良くなかったと言う説もある。側室を作るのだから、正室の気持ちが良い訳はない。これは古今東西不変の原則だ。戦国時代だってそうした「女のたたかい」は多い。有名なのは秀吉の正室のねねと秀頼の生母の淀であろう。

そして側室を作る事を薦めたのは五徳の姑の築山殿である。五徳には二人の娘はいるが嫡男がいない。「跡継ぎが作れない」と考えたから側室である。嫡男の重要性は言うまでもないだろう。「大奥」だって「嫡男を作る機関」だからね。女性を「産む機械」とか言った役人もいたけど、女性の価値を跡継ぎを作るためと考える偏見は強いのだ。

なので男子を産んだら大騒ぎだ。手柄である。だから秀吉の嫡男を作った淀は寵愛された。秀頼も溺愛された。そんな話はいくらでもある。現在にもある。「うちは女の子ばっかりでね」とか僻む姑もいる。もちろんハラスメントだが無くならない。そうした前提に立って見れば「戦国であっても嫡男出産は大きい」のだ。むしろ当時の方強い。

信康が側室を作ると言う事は「今後はそっちで嫡男誕生に賭ける」と言う意味だ。もし成功して、嫡男誕生となれば立場が危うい。これは秀頼誕生の時にねねも持った感情だ。正室なら誰でも思う理屈である。もちろん既に男子を産んでいたら違うだろうけどね。でも五徳は産んでいるけど女子である。側室に男子誕生となれば逆転だ。生母と言うことになる。仮に息子が当主になれば名実ともに正室より上位である。実権を持っているのは当主なのだ。そして息子はどうしても母親には頭が上がらないものだ。たから春日局とか「女帝」とも言われるのだ。

 

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事件の背景には家康と正室の築山殿の仲とかもある。当時は築山殿は岡崎で、家康は浜松である。単純に言えば単身赴任だ。息子の信康は岡崎である。赴任先で側室を作っている家康である。秀忠は浜松で生まれている。ちなみに次男は秀康で、秀吉に人質として出した。その後結城家を継いで「結城秀康」となる。家康も秀吉に養子に出した秀康を次期将軍には出来なかったのだろうね。幼少期に秀吉に恩義がありますからね。

そして家康は浜松で、信康は岡崎である。これはもちろん遠江計略を進める上で浜松が重要だからに他ならない。そうして遠江の新規採用の人材が家康のそばで仕切るようになる。岡崎の連中は面白くない。そうした派閥闘争があった言う説もある。こうした地縁の対立は、武田にもある。武田滅亡にも勝頼が「諏訪」だったからである。そして居城を甲府から山梨県韮崎にある「新府城」に移す。信濃を意識した移転である。そして勝頼には「諏訪」になってからの重臣が側近だ。信玄以前の甲斐の家臣団とは反りが合わない。なので穴山梅雪とか小山田信茂が裏切るのである。そうした対立は長篠の合戦でもあった。地縁と言うのは重要なのだ。

じゃあ信康を浜松に引きとると言うもアリだが、これは難しい。危機管理の問題が残る。浜松の支配は完全ではない。だから家康が単身赴任なのだ。そして仮に浜松で謀反などが起きても、岡崎に信康がいれば家は安心だ。リスク分散である。現在だって首相が外遊の時は官房長官が官邸を守る。信長も京、安土、岐阜、清州と分散して危機に備えている。なので信長が京なら安土は信忠といった具合である。

しかし、本能寺の変の時は両者共に京にいた。この一瞬の隙を光秀は利用した。そして信長も討ち死にだが、信忠も京で討ち死にする。織田家の権力支配の空白が起きた。それを秀吉が利用する訳だが。なので難しいのだ。

話を五徳に戻すと、背景に色々あるが、それと五徳の手紙とは直接的な繋がりは無いと私は考えている。数々の陰謀はあるだろうが、それを全て五徳は察知していたとは思えない。せいぜい「武田の縁者が側室になった」ぐらいであろう。大体、浮気している夫の愚痴である。「愛人囲って悔しい」って愚痴を信長に書いているだけだ。こうした事も戦国ではあったらしい。有名な所では秀吉の正室のねねが、信長に送った手紙に「秀吉の女癖を叱って欲しい」と愚痴っている。信長も丁寧に返事を書いている。その文面では「猿」では無く「禿ねずみ」と書いているので「秀吉の猿」は作り話と言う説もあるくらいだ。返事には愚痴ったねねに「秀吉の行いは酷い」と書きながら「でも正室なんだから嫉妬してはいけない」とも書いている。

なので娘の手紙くらいで「切腹」とか言うのもおかしな話でもある。ただ「武田の縁者」の文言が引っかかったのだろう。そこも確証はない。五徳がちょっと作文したかもしれない。側室が破談になればいいくらいの気持ちだろう。ただ周囲が過剰反応して事件になってしまったと考えている。それ以外の悪行についてはかなり胡散臭い。粛清したあとの理由付けである。こうした行為は武田信虎の追放の理由とか何かと多い。適当に理由を付けて人格攻撃して印象操作するのだ。なので全くあてにならない。

ただ状況的に見て、かなり家康家臣団は内紛含みであったとは言える。信康と家康の対立もあっただろうし、浜松と岡崎の対立もある。織田と武田との関係もある。家康家中も派閥闘争や家庭内の不和があり、疑心暗鬼だったのだ。

そうした状況下に真偽は不明だが、怪文書のような手紙である。あっと言う間に事件になって粛清に発展した。こうした事は多い。現在の政治でも「偽メール問題」とかあるからね。ちょっとした怪文書から政権失脚に発展することは往々にしてある。

それをあたかも、史料だけで解明できると思う方がおかしいのだ。ましてや陰謀や仕掛け人がいる訳もない。でも勝手に怪情報は一人歩きする。そしてどんどん疑心暗鬼になって粛清の嵐が吹き荒れるのだ。

これが「怪文書」の恐ろしい所である。

この辺で締めたいと思います。

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宮崎駿と堀越二郎

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宮崎駿の新作の長編アニメのタイトルが「君たちはどう生きるか」になると言う話である。「風立ちぬ」で長編アニメから完全引退を宣言した宮崎であるが、またしても撤回したのは周知のである。最近アニメについて書いていなかったので、良い機会なので書いてみたくなった。

私はミリオタでもあったし、アニメも見ていたので「風立ちぬ」については語りたかったのだが、時期を逸していた。それもある。

でもって「風立ちぬ」についてだが、よく知られているので内容は説明不要だろう。零戦を設計した堀越二郎の逸話と小説「風立ちぬ」を合わせたアニメである。なので完全な堀越二郎の伝記ではない。小説の脚色が入っている。堀越自身はタバコは吸わなかったと言う。これは話題にもなったが、宮崎の脚色である。知っている所だと「ゴルフが大好き」で休み時間もクラブを振っていた。字が独特であると言う。ちなみに妻はもちろん生きている。だからそこは小説「風立ちぬ」からの脚色だ。

作品では七試艦上戦闘機九試単座戦闘機(九六式艦上戦闘機)。最後にちょっとだけ出る飛行機が零戦である。零戦は十二試艦上戦闘機である。なので零戦の開発秘話の話ではない。七試と九試の設計の話である。最初に空中分解して墜落するのが七試だ。これは「採用なし」となった。所謂「全て不合格」である。ライバルの中島飛行機の試作機も不採用である。そして九試の計画が立ち上がるのだ。

そして九試の時「単座戦闘機」となっているのにも訳がある。当時の空母の滑走路は短かった。離陸するにはどうしても複葉機にして性能を落とすしかない。そこで当時本部長だった山本五十六が「空母を改造するから滑走路の制約は気にするな」と敢えて「単座戦闘機」したのだ。「艦上」と書いてないから空母の制約は無いと言う意味だ。そして速度と上昇力に重点を置いた仕様にした。ちなみこれを堀越二郎は誉めている。性能の良い戦闘機が設計できるからね。

 

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それもあって、九試は採用されるのだが、あの単葉機の設計が成功したのも七試の失敗があったからだ。だから似ているがちょっと違う。それ以外にもエンジンとか強いアルミの開発とかあるけどね。作中にも「H鋼の押し出し部材に喜ぶシーン」がある。強度を強く出来るからその分軽く設計できる。脆弱なエンジンでは軽くするのが至上命題だ。だからギリギリまで強度計算してぜい肉をと取った。これは零戦も同様である。その分強度計算をする計算班は地獄だったけどね。それを担当したのが曽根嘉年と言う男だ。九試単戦の時に配属されて、そのあとずっと副主務者でコンビを組む。この男がいなかったら設計できていないだろう。ちなみに映画「零戦燃ゆ」では割と扱いが大きい。「零戦燃ゆ」は柳田邦男のノンフィクションが原作の映画である。

ちなみにエンジンは中島製である。これは九試も零戦も中島製である。当時エンジンは中島製が優秀で九試の設計段階で「三菱のエンジンはダメだから中島製を載せたい」と上層部に頼み込んだ。車体は自社設計だけどエンジンはスバルみたいな話だ。当然エンジン開発部は怒ったけどね。そんな困難を乗り越えて九試は誕生するのだ。

だからそもそも防弾と言う発想がない。これは堀越自身も認めている「仕様に書いてない」からだ。速度とか航続距離の仕様があったけど、防弾の規定は書いていない。与えられたリソースで高性能追及するなら軽くするしかないから、防弾は削った。開発者は常に仕様ありきだから、そうする。それが敗戦のあとに「人命軽視」と批判されたのだ。これはなにも零戦に限らない。一式陸攻なんかも防弾無視だ。「良く燃える」と米軍に言われた。

作品では堀越と宮崎を重ね合わせているところもある。タバコ出したのは宮崎が愛煙家だからと言う。設計とアニメ制作を重ねているとも。なので主人公堀越は宮崎の人生を投影したものでもある。何か共感する所があったのだろうね。

その仮定に基づいて語ってみる。宮崎は左翼とか反戦とか言われている作家である。それはそうだと思うのだが、それと堀越を重ねるのはどうかと思う。それ以前の考察だ。堀越が「反戦」とか考えていたとは到底思えない。

そもそも最初から飛行機がやりたかった訳でもない。それは柳田邦男のノンフィクションにも書いてある。たまたま飛行機が新しくて、三菱に入社したら「戦闘機の設計やれ」で担当になっただけだ。あんな夢は持っていない。アニメしか見ていないとついそう思ってしまうだろうが。

でも男子が一度入社して始めたら本懐を遂げるのが男の生き方だ。戦闘機を作るなら世界一の設計を目指したい。そして当時日本の飛行機のレベルは低かった。それはアニメでも描かれている。開発者としてこんなに恥ずかしい事はない。事業仕分けで「二位じゃいけないんですか?」と蓮舫はいったけど、明確に「いけない」のだ。開発者の夢は「最高の設計」なのだからね。F1に黎明期から挑戦していたホンダに「二位じゃいけないんですか?」と言ったら本田宗一郎に殴れてれも致し方ない。一位になるためにレースしているのだ。そんな負け犬はクビである。そこには反戦とか全く無いのだ。国のためとかの意識もない。ただ設計者として勝ちたいのだ。「日本の戦闘機は三流」とか言われてるんだからね。

私はそう言う意識が宮崎もあると思っている。日本のアニメがまだ「二流」と言われた時代だ。ディズニー至上主義である。もちろんアカデミー賞もアニメはディズニーだ。これは今でもそう変わっていない。要は日本のアニメはディズニーからバカにされているのだ。アニメ制作者が忸怩たる思いをしない訳がない。これは日本人で物を作る人間なら誰でも分かると思う。宮崎がディズニーを影響を受けながら「ディズニー嫌い」なのはそのせいである。悔しいのだ。あんなに「ぬるぬる動く」動画で作品にしたいのだ。そして勝ちたいのだ。だから宮崎は「アニメは動いてナンボ」と言う。そう言う思いを持ったアニメ作家は多い。あのディズニーの湯水ごとく予算を使って動かす動画に憧れも持ちつつも悔しくてたまらない。それがどことなく堀越の悔しさと重なるのだ。もっと良いエンジンと工業技術があれば、防弾を削らなくても勝てるのだ。つまり堀越も宮崎も「物づくりとしての意地」の戦いをしていたのだ。

そうして、九試は当時世界最高の戦闘機となる。なんとなくそれが宮崎の「アカデミー賞受賞」と重なるのだ。ディズニーの押しのけたのだ。日本のアニメの実力を見せつけて認めさせたのだ。勝ったのである。これは何もアニメに限らない。絵画にしても音楽にしても同様だ。文学だって「ノーベル賞」を取れば大騒ぎである。日本文学が世界に認められたと大騒ぎである。誰だって認められたい。どんな反戦文学作家だって同じだ。メジャーに野球選手だって、サッカーだってそうだ。料理人の世界だって「日本人でも一流の西洋料理が作れる」と認めさせるために奮闘したのだ。晩さん会でバカにされるからね。「日本人は料理も満足に作れない」と言われたら国辱だ。

だから日本人に愛国心ないとはとても思えない。むしろ愛国心が強すぎて「少し抑えた方が良い」と思うくらいだ。日本人である以上外国からバカにされるのが我慢できない。宮崎も同じだと思うけどね。そこには俗世間的な愛国とか反日なんて関係ないのだ。

そして賞を取った宮崎と世界を代表する戦闘機設計した堀越だが、持ち上げるのも日本人だ。宮崎は「アニメ神様」で堀越は「戦闘機なら堀越」である。設計の神様にしてしまった。だから零戦の時はもう才能はボロボロだ。晩年の宮崎の作家しての才能もボロボロ言われる。でも神様になっちまったから辞められない。続けるしかないのだ。それはジブリの迷走を見れば分かるだろう。神様にして頼ったからそうなったのだ。だから「風立ちぬ」で零戦の設計秘話は語られない。もう堀越の才能は枯渇していたのだ。低翼単葉ももう実用化されている。技術的なイノベーションも無い。既存の技術を如何に洗練させるかである。そうして出来たのが零戦だ。だから宮崎はその開発は描きたくなかったのだろう。才能が枯渇した堀越は、宮崎のその後でもある。そんなの誰だって描きたくない。惨めだからだ。

そうして日本は太平洋戦争に突入する。零戦の性能も限界に来て、改良と改修の毎日である。堀越はそれに追われるように仕事した。アニメで「滅茶苦茶だった」と言うセリフは当時の堀越の激務である。戦前ではありえない仕事量だ。零戦の改修設計をしながら局地戦闘機雷電」の設計をして、そのあと「烈風」の設計もした。もちろん掛け持ちだ。神様だから許しちゃくれない。三菱の戦闘機は堀越が設計責任者なのだ。晩年の宮崎のアニメ制作に重なるのだ。「滅茶苦茶だった」が宮崎の言葉に思えるのだ。ジブリは宮崎作品で支えていたからだ。

そして終戦である。日本は無条件降伏して武装解除する。戦闘機も作れない。堀越は設計の激務から解放されるのだ。あのラストは宮崎のアニメ作家の終戦だったのだ。だから自分の作品で泣いたのだ。そうとしか思えない。

こんな事を思いながら、映画館で見た私である。どことなくすべての画に既視感がある。飛行シーンも「未来少年コナン」や「風の谷のナウシカ」に感じる。洗練されているがイノベーションとは違うのだ。それが感じ取れただけでも私には劇場に行った価値はあった。「ああ、宮崎駿終戦なんだな」と感じたからである。

その後の堀越は設計から引退するが、10年後復帰する。戦後の日本製旅客機「YS11」の設計に携わる。これが堀越の最後の設計する飛行機である。これもなんとなく宮崎の復帰と重なるのだ。

主観が入りすぎて暴走気味だが、感想とこういうものだと思ってください。

この辺で締めたいと思います。

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清宮とドラフトと日ハム

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ドラフト会議が開催された。今年の注目はもちろん清宮で競合の結果、日ハムが「独占交渉権」を獲得した。野球ファンなら既知だが、まだ日ハムに入団した訳では無い。公式に入団交渉に行くのもこれからである。

ドラフト会議とは何か?についてよく知らない人もファンに多い。まず入団交渉があって「統一契約」結んでから、入団である。統一契約は「コミッションの決めた野球協約による契約」である。日本野球機構の決めた規約である。そのあと年棒交渉があって入団契約だ。その中には「自由契約」とか「任意引退」とか「FAの資格」などが書かれている。最低年棒の扱いなども統一契約だ。

 

dekunobou1025.hatenablog.com

 

もちろんドラフト制度もその中に含まれる。新人獲得に関する協定である。昔はドラフトが無かった。だから各球団が自由に交渉して獲得した。だから獲得競争とかにもなった。読売に選手が集まり過ぎと言う批判もあり、ドラフト制度ができた。なのでドラフト会議で「独占交渉権」を認めて、他球団が妨害するのを制限した。もちろんこれで新人選手は好きな球団に入る権利を奪われた。勝手に機構が「独占交渉権」を決めるだから。だからよく「入団拒否」が話題になるもそのせいもある。

「交渉権」なので、獲得新人にも入団の自由がある。嫌なら契約しなければ入団しなくていい。これが「入団拒否」だ。その場合は公式に大会に出場できないなど制約もある。菅野も入団拒否をした。無論他球団にもある。これを「職業選択の自由」に抵触すると法的問題にもなった。今回の清宮も「嫌なら早稲田進学」とかも言われている。大谷のドラフトの時も「高卒でメジャー挑戦」とか物議も呼んだ。結局日ハムが交渉権を獲得して、大谷を口説いたのだが。とかくドラフトにはそう言う話はつきものだ。

個人的には「それにしても日ハムはくじ運がいいなあ」と思う私だ。大谷は競合では無いが強行指名して獲得した。その前は菅野を当てた。斎藤も当てた。今回は清宮だ。早稲田に行くかは分からないがね。交渉次第と言った所だろう。メジャー志望とか言ってもいるから、ポスティングを餌に日ハムは交渉するのだろう。大谷獲得に使った手法である。

そしてドラフト会議でその後のストーブリーグにも影響する。日ハムの中田翔はFA移籍するのか?とか。大谷はメジャーに行くのか?などである。今年は故障もあり活躍出来なかった大谷だが、その点をメジャーはどう判定するか?もある。メジャーの健康調査は厳しいですから。少しでも瑕疵があれば獲得しないだろう。獲得しても故障ではどうにもならない。

中田翔も移籍するだろう。これは結果論でもあるが、日ハムの想定でもある。中田に高年俸を出したくない。日ハムの経営方針は「マネーボール」である。これは映画にもなった考え方だ。選手をコスパで考える。はっきり言って中田のコスパは良くない。それは最近流行りの「セイバーメトリクス」と言う指標に表れている。3億とか高いのだ。だから残留など考えない。「嫌なら出ろ」である。そして後継者の清宮が獲得できる。出しやすくなったのは事実だ。ファンの意向など無視する。コスパが全てだ。与えられた予算で能力の高い選手を獲得するのが「マネーボール」の基本理念だ。その査定理論が「セイバーメトリクス」である。「セイバーメトリクス」についてはいずれ書こう。

なので、コスパが悪いと判断されて陽は巨人に移籍した。その前は糸井が移籍である。コスパが悪いと査定されたからである。だから日ハムには生え抜きの思想がない。放出は移籍が多いからだ。コスパの悪いベテランはリストラの対象だ。

選手にとっては一概に悪い話ではない。キャリアアップの踏み台と考えるならいい環境だ。ベテランがいないから、すぐに使ってもらえる。そこで経験を積んでから、移籍すればいい。日ハムならポスティングでもメジャー挑戦できる。コスパしか考えない球団だからだ。移籍金が入ると思えば日ハムは放出する。なまじ巨人より移籍重視なら良い環境でもある。それをファンがどう見るかは別だけどね。

でもって日ハムは球団も選手も「このチームにはFA獲得までのキャリアアップ」と思っている。資格を取ったら定年で移籍だ。糸井を放出して陽が外野に定着した。そして陽が移籍である。その後に定着する選手もいずれ放出だ。FA選手はコスパが悪いからである。ドラフトで入団した選手は「統一契約」があるから移籍できない。だから年棒を抑えて安く使える。コスパが良い。そして育成して価値を上げて他球団に売り飛ばすのが「マネーボール」だ。そうして獲得した予算でコスパの良い選手を獲得すれば、総年俸が低くても勝てる戦力になると言う基本方針である。

清宮が入団するのなら、育成の為にも中田は放出するだろう。そして一塁でどんどん使う。実戦で使った方が育成が早いからだ。どうせ28歳までしか日ハムでは在籍期間がない。FA資格を取るのがそのくらいだからだ。資格取得には8シーズン(海外だと9シーズン)の登録日数が必要になる。高卒は18歳で入団だから、大体27~28歳くらいで資格取得となるのだ。そして若いうちに使えるだけ使って放出だ。でも新人にはやりがいのある環境だ。実力とやる気があればすぐ使ってもらえるからね。

巨人だとそうはいかない。ベテランがいたり補強がいたりして、なかなかチャンスがない。育成が下手と言われても致し方ない。新人はどうしても実戦で使ってもらえないのだ。でも信用を得て定着すれば高年俸でも使ってもらえる。引退後の仕事も保障されたりするのが魅力だ。

なので中田放出と清宮獲得は表裏一体で諸刃の剣だ。上手く行けば優勝だし。失敗すれば最下位である。清宮にとってどっち良いかは一概に言えないが、野望があるなら日ハムだろう。大谷みたいにメジャー移籍ができるからね。巨人だと難しい。巨人ファンだが、日ハムと言う選択肢はそれ程悪くないと考えている。FA資格を取るまで日ハムで育成すれば良い。巨人に来るのはその後でも遅くはないだろう。大田みたいにドラ1で取って、失敗して叩かれるよりファンにとってはマシだ。どうせ毎年補強する巨人である。何かと言われるのももう慣れっ子だ。

その日ハムの育成方針とどう思うかはファン次第だ。嫌なら見なければいい。毎年日ハムは選手を放出してファンは炎上するが「嫌なら見るな」である。今年は中田放出で炎上の気配である。出したのは日ハムのフロントですよ。そしてこの方針は日ハムは変えないだろう。嫌なら日ハムのファン辞めたらどうですかね?

そして清宮がプロで成長するかも未知数だ。騒ぎ過ぎと言う感もある。日ハムと揉めて早稲田進学もある。何かとあるのがドラフトでもある。

ストーブリーグも始まったばかりだ。中田の去就もこれからである。

この辺で締めたいと思います。

長文を読んで下さってありがとうございました。

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山尾志桜里と無効票

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なにやら山尾志桜里の選挙区の無効票が1万票とかでネットが炎上しているらしい。不正があるとか騒いでいる。こんなアホな騒ぎ方とするのは決まってネトウヨだ。今回は自民の候補者が微差で負けたからである。

まあ自民支持だからそう言うのだろうが、そんな事はない。無効票は結構ある。それは調べれば分かる事だ。ネットに詳しいはずなのに、そんな事も知らないネトウヨだ。相手にするだけ時間の無駄だが、一応書いてみよう。

無効票の多い選挙区は他にもある。東京にもある。それは上記の記事にも書いてある。割と多いのだ。ネトウヨは記事もまともに読めないのか?と思うばかりだ。

1万票と言う数を問題にするのだろうが、そうしたら他の選挙区も問題にしなければならない。明らかに多いからね。たまたま話題になった選挙区だから噛みついただけである。まともに調べようともしないからそうなる。

ちなみに愛知7区である。

山尾 志桜里 128,163
鈴木 淳司  127,329

立候補は上記の二名のみだ。無所属山尾と自民の鈴木の一騎打ちだ。希望も立憲民主も候補は出していない。しかも共産党も独自候補を擁立していない。昔は共産党は「意地でも全選挙区に候補は出す」と言う政党だったが、最近は候補者調整をしている。なので左翼の候補者がいないのだ。立憲民主もいないからね。存在感を出すために負け覚悟で共産党は候補を出すのが通例だが、流石に資金難でもあろう。

なので共産票が選挙区では投票すべき候補がいない。それが無効票になっただけである。希望に入るかもしれない山尾には入れられない。そもそも前原の派閥にいた人物である。幹事長に推薦されたが党内が揉めた。前原は改憲派である。そんなの誰でも知っている。いくら候補者調整といってもそんな改憲派共産党員が入れる訳がない。もちろん自民に入れたら自爆である。だから白票で無効票なのだ。

だったら選挙に行かないかと言えば違う。それは「比例区」があるからだ。これは政党名で投票する。堂々と「共産党」と書ける。貴重な一票だ。でも同時に選挙区の投票もしなければいけない。同じ投票所で行っている。最初に登録して、そのあと選挙区の投票だ。そして比例区をして、今回最後に「最高裁判事の国民審査」である。これも同時に行う。

なので選挙区の投票は棄権できない。白票を入れるしかないのだ。「棄権だから受け取らない」なんてできない。選管が嫌がるし「なら白票で良いですよ」と言う。無効票とはそういうものだ。だから共産党支持者がそうしただけだ。共産党票は大抵1万票くらいあるからね。なんの不思議もない。

そして比例区だけ「共産党」と書いて入れればいい。だから無効票が増えたのだ。

もちろんほとんど関心はないが「国民審査」もある。それだけで行ってあとは無効票でもいい。自衛隊憲法違反の判断など、最終的には最高裁である。本当は重要な審判なのだが、あまり浸透していない。関心が薄いのだ。

これは一連の投票順序なので、やらないで帰ったりすると止められる。少なくとも「おわってないです」と注意は受ける。一回一回「これは候補者」とか「政党名」とか説明を受ける。説明する選管も大変だ。なので棄権したければ白票にするしかない。ちゃんと投票したか見ているからだ。

最後に私の事を少し話そう。私は成人になって最初の選挙で白票とした。誰にも入れたくなかったのだ。でも「意思だけは示す」とか思って投票に行った。当然やりかたも知らない。なので投票所で「棄権するにはどうすればいいですか?」と聞いた。選管は普通に「白票入れてください」と言っただけだ。そして用紙を渡した。それだけだ。

なので、白票が多いくらいで「不正」と言うのは、きっと選挙に行っていない未成年か、成年でも関心が薄くて行っていないのだろう。行っていたらそんなアホな事は言わない。投票を知っているからだ。だから選管も「白票多い」くらいは知っているから問題にもしないのだ。

こう言うアホな炎上を見ると「ネトウヨは本当に情弱なんだな」思う私だ。

この辺で締めたいと思います。

長文を読んで下さってありがとうございます。

 

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