貴乃花と協会とマスコミ

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例によって日馬富士の暴行事件の話であるが、もう送検されてあとは司法の判断だから、どうでも良い話題なのに、未だに何故かマスコミが騒いでいる。

こう言う所が「マスゴミ」の最たる所だ。もちろん相撲は日本の国技とも言われている。協会は公益財団法人で特別待遇だから、暴行事件は報道すべき事案であると思う。政府が許認可を出している。保護の対象だから税金など優遇されているのだ。国民が監視する権利がある。もし不適切なら免許を取り消せばいい。公益性があるか決めるのは行政機関の政府である。なので国民が相撲協会の内情を知る権利がある。

しかしもう警察や検察が動いている刑事案件なんだから、取り立てて報道する必要はない。興味本位なだけだ。でもそれで部数や視聴率が上がれば業績は上がるので報道している。マスコミの報道は実のところ「なんでもいい」のだ。要は新聞を買ってくれればよいだけである。なので「過剰報道」になるのだ。

過剰報道とは、報道のねつ造ではない。確かに事実ある。取材もちゃんとしている。ただその報道が「過剰」であることが問題なのだ。たとえば悲惨な交通事故が起きたとする。確かに交通事故は減らさなければいけないが、マスコミは人気のネタなので飛びついて「今日交通事故で子供がかすり傷を負いました」と報道する。確かに事実だけどそんなのは日常である。それを誇大に過剰に報道する。そうすれは紙面が売れるからだ。

今回の事件もそれである。もう暴行事件としては捜査しているので、報道の重要性は高くない。そんな刑事事件など日常にある。にも拘わらす、未だに騒ぐのがマスコミなのだ。そして事態は何も変わっていないのに、延々と取材する。相撲協会貴乃花部屋に出向いたことが報道に値するとは到底思えない私だ。

そして5回行って会えなかった。居留守とか?もうどうでも良い話である。嫌な奴に会いたくなくて居留守使う事が報道に値して論評する価値があるのでしょうかね?。もちろん事態に変化があるならまだ分かる。何も変わっていないのだ。

マスコミもネタが無いのか、連日同じような報道をしている。再放送かと思うくらい同じことしか報道しない。コメンテータも同じなので、コメントも再放送かと思うくらいだ。よくまあ飽きずに毎日見る人もいると思うけど。それがマスコミなのだろう。

時にマスコミにも報道姿勢がある。依怙贔屓や偏向がある。それは人の集団である以上致し方ない。絶対の更生中立など、まずありえないのだ。

そして、今回はマスコミは協会よりで貴乃花は不利だと言われる。別に協会の圧力とか陰謀を言うつもりはない。あるとは思うが、それは本筋ではない。マスコミはどっちでもいいのだ。つまり「紙面が売れればいい」のだ。貴乃花を擁護して紙面が売れるなら貴乃花につく。それだけのことだ。思想や信念なんかないのである。だから特定の思惑もないのだ。だって得にならないからである。

思惑で考えるなら「紙面が売れるか?」である。これは経営にかかわる死活問題なのでどんなジャーナリストでも思惑がある。売れないと生活できないのだ。その点に注目すればマスコミと言うのが見える。

例えばスポーツ中継である。負けている方を応援する。原則的には別にそのチームのファンと言う訳ではない。でも白熱している試合に見せなければ、視聴者は飽きる。紙面は売れない。だからバイアスをかけるのである。チャンネルを変えるからね。視聴率を上げたいのはどのテレビ局でも同じだ。つまりは「白熱すればいい」。延長戦にでもなれば視聴者は最後まで見る。それを時間の都合で打ち切るから地上波のプロ野球は非難されるのだ。当たり前である。

なので、今回の騒動も、事態が収束してしまうと困るのは、実はマスコミである。報道するネタがなくなるからね。なので騒動を拡大させる方向になる。扇動して拡大されれば注目されて紙面が売れるからである。だから「危機を煽る」のもマスコミ手口だ。煽るから不安になって過剰に情報が知りたくなる。結果マスコミに金を落とすことになるのだ。だから取りててて騒ぐ必要のない交通事故でも過剰に報道されるのである。その前に悲惨な事故があったからね。煽って不安にさせれば紙面が売れるからだ。本当はそんなに騒ぐ必要はないんだけどね。

もちろんこれは健康情報などにも言える。確かに専門の研究者が言うのだから正しい結果なのだろう。でもそんな情報は過剰にある。いちいち気にしていたら不安になるばかりだ。そして過剰に情報が欲しくなってどんどん扇動される。そして紙面も売れるけど、過剰に健康食品やグッズに金を使う事になる。本当の効果は不確実である。でもただ「不安」だから買うのだ。「健康」とか「死」は最も根源的な不安だからね。そして必ず来るけど、いつ来るかわからないから「不安」なのだ。そしていくら金を使ってもその不安からは逃れられない。そこがマスコミの思うつぼである。だから健康情報番組も人気があり、何かと怪しげな実証実験とか批判されてもにやめないのだ。

ここまで理解すれば今回の騒動もこれと同じである。単にマスコミが「金になるネタ」をつかんだのだ。騒動を拡大すれば、当分はネタに困らない。メシが食える。足を棒にしてネタを探す必要から解放されるのだ。紙面が埋まるからね。なので「和解されてた困るのはマスコミ」なので、あるかどうかわからない対立を煽る。本当はほっとけば、自然と解決する話である。単に示談交渉なのだから。当事者に任せればいいのだ。

でもってこう言う時に困るのが「取材拒否」である。これはマスコミ共通である。いくらネタでも、取材できなければ金にならない。なのでマスコミが一番嫌悪するのは「ノーコメント」で取材拒否である。これだと記事にできない。紙面が作れないのだ。

だから、貴乃花を叩くのである。答えないからね。金に出来ないなら、どんなネタでもクズである。そしてなにかと話題を提供する協会よりになる。わざわさ番組時間内に行って、ネタを提供してくれるのである。そこで貴乃花が出てくればとくダネである。和解かどうかなんてどうでもいい。リアルタイムのその画が欲しいのだ。

しかし貴乃花は沈黙を続けている。マスコミの取材にも応じない。マスコミ様が取材を要請したら応じるの常識だと言う傲慢さがマスコミにある。だから取材拒否をしたらどのマスコミであっても徹底的に抹殺するまで叩く。善悪ではない。「マスコミ様の取材を拒否した奴は気に入らないから消す」である。これがマスコミの暴力の根源である。だから「売名」とか「炎上商法」が成り立つのだ。

なので、きまってマスコミのコメントは「会見を開いて説明責任を果たせ」である。つまり「ネタを出せ」と言っているに過ぎない。本当は示談など私的な案件なので公開の義務はないのだが、マスコミは傲慢なので「取材の申し入れは無条件で受け入れろ」と圧力をかけているのだ。

もちろんこれも程度問題である。そして騒動を起こすタレントを何かとマスコミは重用する。ネタになっておもちゃにできるからね。当人も知ったうえの騒動だ。それで知名度が上がれば、飯のタネになる。橋下などそれでのし上がって政党まで作った。そして叩かれたが今もテレビの仕事もしている。それは「取材拒否」をしないからだ。なので橋下は「朝日の取材は拒否」と明言したから叩かれたのである。プロ野球ではナベツネは叩かれるが、本当の抹殺しようとは考えない。必ず擁護もされる。別に読売だからとかでもない。彼は元週刊誌の記者である。現場からのし上がった。なので記者時代の苦労も知っている。暴言とか言わなくても良いが、情もある。ナベツネの一言を取るために張っているのだ。その記者も取れれば家に帰って風呂にでも入れる。それは若い時に平の記者をやっているから苦労が分かるのだ。だからつい暴言とか本音を言ってしまうのだ。だから記者も叩き記事を書きながら感謝もしている。だから潰せないのだ。ネタ元を失う事になってしまうからね。

そう言う「マスコミの仁義」のような話はいくらでもある。政治家に張り付く番記者なんてのにも仁義がある。なので持ちつ持たれつで程度問題でもあるのだ。

なので、トランプとマスコミの関係も「取材拒否」が根源にある。会見を開かないとか、特定の記者を排除すると言った行為である。それはジャーリスト共通の問題である。個々の利害に関係なく会見を開かないとか排除されるのはマスコミとっては死活問題なのだ。情報が取れないからね。報道規制もジャーナリスト的には「明日は我が身」である。自分が会見から排除される危険が常にあるのだ。だから共同で抗議する。

マスコミにとって本当の敵は「取材拒否」である。この原則は絶対に変わらない。

この辺で締めたいと思います。

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今年の漢字と流行語大賞

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今年の漢字が発表された。今年は「北」に決定した。北朝鮮の「北」とかこじつけめいた理由も書いてあったが、ピンと来ない今年の漢字である。昨年は「金」でこれも「特に印象的な漢字が無い」時に選ばれたりする。ちなみに「金」は何度か選ばれている漢字で新鮮味もない。何かにつけて世の中「金」なのでつけやすい感じである。オリンピックの金メダルもこじづけに使える。

なのでそういった事は「へぇ」くらいにしか思わない私である。「金」とか書かれると「またか」とか思う。書くの京都の清水寺の住職なので、その意向もある。あまり縁起の良くない漢字は書きたくないのだ。一度「こんな漢字を今年の漢字で書きたくない」とカメラの前でキレたのを見た記憶がある。年末の風物詩で「もう年末だな」と思うくらいであるが、でも「一年が早いなあ」と思うのもこんなイベントで思うものだ。

似たようなものに「流行語大賞」と言うイベントがある。今年は「インスタ映え」と「忖度」である。これも大した意味はない。「へぇ」ってなもんである。言葉を見ても知らない言葉だったりする。流行語に全く疎くなった私だ。「35億」とかなんのこっちゃである。年収なのか?と思った私だ。こういったイベントも何かと利害がある世の中である。商品名が受賞とかだと広告に使えるからね。「うんこドリル」とかそのまんま広告宣伝になる。インスタグラムをやらない私に「インスタ映え」って何ですか?である。

なので何かと批判されている流行語大賞である。「ピン来ない」とか「これが大賞なのか?」など様々な批判がある。でも今年の漢字よりは、ましな流行語大賞だとは思う。それは「新語・流行語大賞」であって「新語」もあるからだ。

大抵に話題になるのは流行語の方である。今年なら「35億」みたいな言葉である。すぐ消えるから流行語であるが、そんな言葉ばかりでもない。ちゃんと残って使われる言葉もある。それは「新語」である。そういう残る言葉をみるには、こういったイベントが参考になる。

例えば「勝ち組・負け組」である。これも新語である。大賞にノミネートされた頃は「なんのこっちゃ」である。でも今でも残っている言葉で割と使われる。「婚活」も出た当初は「ふーん」であるが、今では「婚活」と言う言葉は普通に使われる。そこから派生して「妊活」とか「終活」と言う言葉もできた。「セクハラ」と言う言葉だって出た当初は新語大賞にノミネートされている。

なので、そうしたあまり注目されない言葉に意味がある流行語大賞である。そして時間がたってから見るところに価値があると思う私だ。そして消えていった言葉と乗っている言葉に時代の流れが見えるのだ。「勝ち組・負け組」言葉が出たことから日本社会の格差は広がって来たのである。その前は「一億総中流」とか言われた時代もあった。アメリカでも「分厚い中間層」とか言っていた時代がある。それが二極化し始めたのが1980年代からで、日本ではバブル崩壊以後でからである。「勝ち組・負け組」もその頃できた言葉だ。こうした長いスパンで新語を見ると時代の変化が見えるのである。

つまり、今年の流行語大賞の真価が見えるのが5年後とか10年後である。プレミアムフライデーも、もしかしたら多少をは意味のある風習になっているかもしれない。日本のハロウィンだって、始まった頃は誰も見向きもしなかった。イルミネーションやライトアップも「電気の無駄」と揶揄された。言葉も同じである。新語も定着するかどうかで真価が問われるのだ。大賞だからと言っても「おっは~」なんてもう誰も言っていない。言葉と言うのはそういうものだ。変化し続けるものである。

なので大賞がどうのとか話題性で捉えるのでは無く、10年後に「あの頃を振り返る」のにこの種の賞は必要だと考えるのだ。

この辺で締めたいと思います。

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大河ドラマと本能寺の変

 

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大河ドラマ井伊直虎」も本能寺の変の回だった。家康の話が中心なので、伊賀越えの話になる。この時伊賀で援助した服部半蔵を有名にした伊賀越えである。その後忍者の代名詞になって徳川に仕えるのもこの縁だと言う。まあその辺は江戸時代以降の講談や時代劇の方で有名なので、柳生十兵衛とか宮本武蔵などもそうだけど。

でもって本能寺の変であるが、色々が切り口があり、人気のあるテーマなのでそれだけで本が書けるくらいである。犯行動機にしても、実行過程にしても色々説が多い。正直とっから書いていいか迷うが、今回はドラマの伊賀越えと家康について書こうかと思う。

ドラマでは家康が知っていたかの様に書かれているが、それは信ぴょう性が薄い。もちろん色々仮説はある。「秀忠」の「秀」はさすがに秀吉の「秀」で光秀の「秀」ではない。そんなアホな仮説を書くライターもいるが、春日局は斎藤利光の娘である。もちろん家光の乳母なので「関連がある」と言うオカルトもある。光秀天海説なんてのもあり、そのあたりから「家康は本能寺の変を知っていた」とか「黒幕説」がある。まあこの手の陰謀説は何でもアリなので、大抵の重要人物は「黒幕説」になっているけどね。

無論信康事件の陰謀と関連して「怨恨」もあったとか色々である。信長が家康暗殺を画策していたのも確証はない。ネタとしては光秀が信長に折檻された宴席に毒もったとも言われている。鮒ずしのくだりである。毒を盛るならにおいのきつい鮒ずしが好都合である。ごまかせるからね。講談などでは「腐っている」と言って食べなかった鮒ずしであるが。まあにおいがきつく嫌いな人も多い鮒ずしだから敬遠したのも分かるが。

光秀の接待の不手際は置いておいて、信長が秀吉の援軍で毛利攻め行くと言うことで光秀が先発隊で行くことになるが、備中高松城なく京の信長に謀反すると言う流れだ。そのため家康の接待は解任されて、単独で家康が大阪見物をしていた。そこで本能寺の変を知って岡崎に帰国する過程で「伊賀越え」となるわけである。

なんで信長が毛利攻めを見に行ったかは真意は不明である。高松城も秀吉が優勢で毛利は既に講和を望んでいたと言う説もある。宇喜多が信長についてからは毛利は押されていていた。武田と同じで「物見遊山」である。講和の調印に行ったと言う説が有力だ。武田攻めでは「富士山が見たかった」と言っている。京都に寄ったのも「朝廷の公家を連れていく」ためだったとも思える。信長の武田滅亡には近衛前久も同行しているからね。織田家の家臣団は分散しているとも、武田の半年での滅亡は毛利や上杉にも衝撃だったと言われている。

当時の上杉は北陸から勝家が進行し、信濃川中島、上野は沼田からと三方向から織田軍の侵攻にさらされ、家中は家督争いもあって分裂していた。景勝自身「もはやこれまで」と滅亡を覚悟したと言われている。そして当時は武田、上杉攻めに北条は使えるから信長との関係も良好であった。武田と上杉の背後をけん制できる北条は重要だったのだ。

 

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なので毛利の降伏に近衛を連れて行こうと京に立ち寄っても不思議ではない。「水攻め」を見たかったのもあると思うけどね。そもそも水攻めは珍しい。ほとんどしない。なので高台から城が孤島のように浮かんでいるのを信長が見てみたいと思っても不思議ではない。わざわざ三成に忍城を水攻めにしている。秀吉のデモンストレーションと言われている。小田原城も未曽有の大軍で包囲して、諸将に威信を見せつけるのだ。政宗もこれには度肝を抜かれた。こんな大軍では勝てないとね。石垣山一夜城とか心理戦の巧みな秀吉である。籠城したが、孤立無援の北条の士気を低下させ、内応者が出るのを画策してもしている。最後の頼みの同盟者の伊達が秀吉に下ったのも衝撃だった。だからそれを見せつけるために秀吉は政宗を許しだのだ。そうした相手の心理を巧みに読むのが秀吉は上手かった。

そして大阪には信孝の軍はいたが、これは四国の長曾我部討伐のためにいた。光秀と長曾我部の関係は最近文書も出てきて色々と新発見とか言われている。信孝の長曾我部討伐を止めるためと言う説もある。先発隊は既に四国に渡っていた。本隊が渡海する直前に変が起きたのである。なので光秀を討とうにも動けなかった。四国遠征のために急遽編成されたので離反者が多かったとも言われている。なので大阪は大騒ぎである。光秀が攻めてくると言う噂が蔓延した。

とにかく岡崎に帰国しないといけない。まず海路を考えるだろうが、これは危険も多い。やはり海難事故は怖い。そして悪天候だと日程が読めない。欠航など多い。潮の加減もある。難しいのだ。

そして信孝の軍が四国遠征である。撤退するにも船が必要だ。自前で全て用意している訳ではない。紀伊の海賊を水軍にして使っている。そんな状態で簡単に船がチャーターできるか?と言えば不明だ。大方は織田軍に徴用されているからね。

なので陸路の方が安全だとも言える。もちろん京周辺光秀が押さえている。226事件の東京みたいに戒厳令が敷かれている。その中を安土を通って美濃に抜けるルートはどう見ても危険である。光秀は安土も重要なので押さえている。この時安土城は炎上した。山崎の合戦のあと明智秀満が火を放ったと言われている。

なので危険であるが、光秀に捕まる可能性の低い伊賀越えを選択したのである。後は伊賀さえ越えれば伊勢である。そこには織田信雄がいる。いまいちぱっとしない信雄であるが、安土から逃げてきた信長の妻子を受け入れたり、緊急避難で混乱の収拾にあたっていた。もちろん家康も伊勢から先は安心して岡崎に戻れたのである。東国では滝川一益が北条に大敗して伊勢に戻ってくる。そうした受け入れをしていたのだ。

岡崎に戻った家康も当初は光秀追討を考えていたが、山崎の合戦を知って甲斐信濃に向かう。これは織田家の領国保全の意味合いもあった。北条は裏切ったし、上杉は敵である。滝川が上野で負けたから北条、上杉の侵攻から旧武田領を守るには家康が必要だ。実質的に「織田公認」で東国計略を家康に任せることになる。このあたりは昨年の「真田丸」の方がメインで扱っている。現実的に東国は三河遠江駿河を安定して領国にしている家康が頼みである。

そう言う流れもあっての小牧長久手だと考えると分かりやすい。伊賀越えの時に助けてもらった縁もある。本能寺の変の後の領地配分で尾張と伊勢は信雄の管轄になった。後方から家康が支援する体制である。その過程で家康の北条は同盟するが、上杉は秀吉に近づいた。柴田勝家の後方に越後があるからである。当然賤ヶ岳の合戦も後方の上杉が影響した。なので秀吉は早くから上杉を厚遇していているのだ。けん制してもらえるからね。そうした恩のある上杉と遺恨のある北条が上杉の要望もあり、討伐対象になるのは避けられない事でもあったのだ。沼田問題が北条有利になるはずがないのだ。そう言う下地を理解していないとあの裁定が見えてこない。北条討伐を考えて「越後からの橋頭保」を秀吉も確保しておきたいのだ。

本能寺の変は家康はもちろん、その後の東国情勢に大きな変化をもたらした。上杉はこれで窮地から救われたし、家康の重要度が増したのは言うまでもない。真田も躍進した。秀吉は勝家と対立して背後の上杉と同盟した。そのあおりで信長の時は良好だった北条が孤立するのである。本能寺の変と明智と長曾我部もそうした地殻変動と信長の外交方針の転換が遠因にある。

次回はその明智と長曾我部について書きたいと思う。

この辺で締めたいと思います。

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真珠湾と911とノルマンディー

 

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12月8日は真珠湾攻撃の日である。ミリタリー好きでもあるので、書いてみたくなった。

日付変更線を挟むので現地では12月7日である。ちなみに曜日は日曜である。キリスト教では日曜は礼拝(日曜学校)である。これは軍隊であっても変わらない。もちろんそれを狙っての奇襲である。現地では7日で日曜の朝になのでちょうど軍隊でも礼拝をしていた。映画でもそうしたシーンがある。

海戦史に残る真珠湾攻撃であるが、何かと都市伝説もある。アメリカは参戦の名目の為に利用したとか、真珠湾攻撃を知っていたとか?。宣戦布告が遅れたのもあるが。

これも、色々と都市伝説があるが、現実の日本大使館の対応を見ると「確かに遅れる」と思える。まず宣戦布告と言う重要情報である。当然平の電文では送らない。暗号にする。その解読に時間がかかった。そして一度には送らない。ほかの電文に混ぜて送る。北朝鮮の暗号放送のような感じだ。なので専門の大使館員しか解読できない。もちろん機密保持もあるからね。専門の現地のタイピストを使えなかったのは有名な話である。そしてはじめからから「ギリギリに送る」と言う事だった。日本は攻撃5分前にアメリカに報告するつもりで電文を送っている。ちょっとした手違いで遅れたのである。

そして、ルーズベルトが知っていたと言う都市伝説がある。911もあれからイラク戦争に発展した。ブッシュジュニアはテロの計画を知っていたがイラク戦争に利用したとか?そうした陰謀説は何かと多い。よくある都市伝説であるが、ちゃんと調べれはデマである事はすぐわかるものだ。

でもって真珠湾攻撃である。日本は空母6隻で空襲した。日程は北海道の択捉島から北西太平洋を渡って北側から真珠湾を奇襲すると言うコースである。これにも理由がある。安全を考えるなら普通にミッドウェー方面から攻撃するが、それだと奇襲にならない。アメリカの哨戒網に引っかかるからだ。真珠湾攻撃の時「空母がいなかった」のは有名な話であるが、これも哨戒行動に出ていたからである。なので日本が北方から来なかったらまず奇襲になっていない。事前に発見されるからだ。

そもそも北西太平洋は荒れる。特に冬は荒れる。いわゆる「西高東低の冬の気圧配置」なんて言われるけどオホーツク海も荒れる。天気予報はそれから情報は出ないけど猛烈に発達して日本を離れた後、北西太平洋で消滅する。「低気圧の墓場」とも言われているのだ。なのでそんな荒れた海を航海する事自体が危険である。もちろん悪天候で哨戒機も飛ばせない。だからノーマークで奇襲に適していたから危険でもこのコースを選んだのだ。

空母6隻が主力であるが、当然艦隊で行動する。駆逐艦も同行する。でないと潜水艦の恰好の獲物である。対潜装備のある駆逐艦も必要なのだ。そして3万トンとか大きい空母ならしけも強いけど、2000トンクラスの駆逐艦では転覆の危険もある。実際冬の日本海で海難事故も起こしている。日本の駆逐艦を装備を重視するあまり重心が高くしけに弱かった。それでも決戦重視を変えない日本海軍である。

そしてそもそも「サイパン付近の決戦」での装備なので、燃料もそれくらいしか積めない。潜水艦などは真珠湾の哨戒行動もあったから長距離も可能だが、駆逐艦などは違う。航続距離がない。なので「洋上補給」を考えた。実際にもタンカーを連れて行っている。

でも洋上補給は難しい作業である。海が穏やかならまだしも、荒れた海でホースを繋いで補給は至難の業だ。通常でも衝突など事故が起きる。近づくからね。冬の北西太平洋でそんな事ができるのか?と言う問題もあった。なのでそもそも日本海軍も真珠湾奇襲には反対だった。山本五十六が強硬に進めたのは有名な話である。まあ諸事情を考えれば「不可能」と考えるのが妥当である。行く前に燃料が尽きるのだ。そんな危険な作戦は認可できないのが当然であろう。「ハワイ付近にもう少しいれば空母も攻撃できた」などの仮想戦記の作品もあるが、そもそも洋上補給をギリギリにして奇襲しているのだ。そんなに長時間ハワイ近海に留まれない。なので二回攻撃して引き上げざる得なかったのだ。そのことからも「如何に無謀か」が分かる作戦である。

もちろんアメリカも日本の軍艦は足が短いのは知っている。装備を見ればわかるのだ。重心が高いのもわかる。なので「すごい装備だね」と言いながら半分はバカにしているのだ。対潜装備も貧弱だからね。そして通商破壊で日本は負けるのだ。

 

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だから確かにハワイ周辺での不穏な動きは察知していたが、奇襲は想定していない。そんな無茶な作戦は出来っこない。それよりフィリピンやミッドウェーを想定していた。特にフィリピン攻略に空母を使うと想定していた。実際には台湾から飛行機を飛ばしたけど。そんな長距離の航空作戦には海軍は反対であった。安全策をとって真珠湾の代わりに空母と投入予定で作戦を考えていた。いまでもアメリカ軍は「日本は軽空母を使った」と思っているらしい。台湾からの長距離攻撃を認めていないとか?たしかに航法などを考えれば無謀である。レーダーのある現在でも飛行中に消息を絶ったりするのが飛行機である。洋上飛行は特に危険である。周りが海で目印がない。位置を見失うのだ。

なのでハワイ奇襲の情報があっても「デマ」だと思っていた。常識的に不可能なのだ。日本の諜報機関の偽情報でそれでフィリピンの警戒が弱まれば問題である。リソースは限られている。ハワイに集中したらフィリピンがおろそかになってしまう。選択と集中で考えるならフィリピンである。常識的に不可能な真珠湾奇襲は日本海軍の欺瞞情報だと見るのが正しい見方である。

911も同じである。実際に起きたから、後付けに何とでも言えるけど、当時の常識では想定外のテロである。成功するかどうかも分からない。仮にそれを示唆する情報あったとしてもテログループの欺瞞情報とされるだろう。すべてのターゲットを守る事は不可能だからね。なら可能性の低い情報は無視する。それが情報の選択と言うものだ。すべての情報を均一にしていたら訳が分からなくなる。

そうした欺瞞情報は諜報機関には多い。ノルマンディー上陸作戦の時も連合軍は欺瞞情報を使いまくった。基本的には映画のなった「ダンケルク」のあるカレーからの上陸とノルマディーである。距離ではカレーが近いのでこちらが本命でドイツも要塞を作って上陸に備えていた。映画の方は1940年のイギリス軍の撤退がテーマであるが、イギリスからフランスに上陸するのも同じである。海を渡るなら近い方いい。

ノルマンディーは第二候補であるが、もちろんドイツも警戒していた。連合軍としては「絶対にカレーに来る」と思わせて、ノルマンディーの警戒を落とす必要があった。映画にもなったパットン将軍を欺瞞に利用したもの「カレーにドイツ軍を引き付けるため」だと言う。ノルマンディーはあくまで本命のカレー上陸の陽動と見せたかった。

なのでドイツ軍も連合軍がノルマディーに来ることは把握していたが、本命のカレーを捨てきれなかったのだ。そして仮にノルマディーが陽動だったらただのアホだ。ドイツ軍はパットン将軍を高く評価していた。パットンが指揮する部隊こそが本命だと信じて疑わなかった。でもノルマンディーにはパットンは参加しない。なのでカレーの上陸を疑っていたのだ。そこにパットンは来ると考えていた。実際は戦場で兵士を殴ってパワハラで避難されて干されていたらしいが、それを連合軍は欺瞞作戦に利用したと言うのが真相とされてている。もっともパットンも問題発言が多い人物であるけどね。ちなみに連合軍の総司令官はアイゼンハワーである。後にアメリカの第34代大統領になった将軍である。

したがって「真珠湾攻撃を知っていた」が如何にデマかが分かろうと言うものだ。普通は可能性の高い本命から考える。仮に察知していても「敵のデマ」と考えるのが妥当だ。本気にしないのである。自分たちも使うから、荒唐無稽な作戦かはすぐわかる。真珠湾奇襲は「ありえない作戦」である。私でもそう思う。敵のデマだとね。

そして戦艦5隻が撃沈する戦果を上げた。しかし放棄したのはアリゾナとオクラホマのみでウエスバージニアカルフォルニアは引き上げてリサイクルしている。ネバダ座礁したが引き上げている。真珠湾は水深も浅いので引き上げて改修した。そして1944年のフィリピンのレイテ海戦に参加している。軍艦は高価である。特に戦艦ともなれば引き上げて直せるならそうする。その点からもアメリカ軍でも如何に戦艦が大事かが分かろうと言うものだ。太平洋戦争は飛行機が話題になるが、戦艦もまだまだ貴重な戦力だったのだ。政治利用の生贄にしたとかと言うデマがいかに滑稽かが分かる。アリゾナとオクラホマだって改修可能ならしていたはずである。

もちろん真珠湾911も政治利用されたが、それは結果であって、意図ではない。そもそも成功するかもわからない無謀な賭けである。それがあたかも「想定内で計算」であったかのように考えるから陰謀論や都市伝説になるのだ。

この辺で締めたいと思います。

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信長とサミット

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今年も12月となり、今年の大河もそろそろ最終回である。今回は武田滅亡後の信長の話がメインだった。

信長が甲斐から帰る途中に駿河で富士山を見たいとか家康の浜松城に立ちよるとか、そんな話だった。何やら光秀と本能寺の変の密約があるような展開であるが。本能寺の変に関しては諸説ある。共犯者も様々である。動機も諸説あるのでそれは来週の大河はその話なのでその時書きたいと思う。

一応状況を説明しておくと、長篠のあと武田は弱体化したが、北条との同盟もあり、なかなか家康も侵攻出来なった。そして大河には出てこないが、上杉との関係もある。信玄の死後は謙信が北陸で信長と戦ってもいる。手取川で織田は謙信に大敗もした。

そして手取川の合戦の翌年の1578年に謙信が急死する。信玄の死は信長の天運の強さと言われるが、謙信も手取川で勝って急死である。あまり知られていないが信長の運の強さと言われる。この時は関東に出陣する直前の3月13日だったと言う。脳卒中と言われている。

これが関東の情勢に決定的な意味を持つ。上杉と北条を因縁の対立関係であるが、1568年に同盟を結んだ。三国同盟が破綻したから仇敵の上杉と同盟したのだ。

ちなみ謙信には実子がいない。なので後継者として養子を取った。一人は上杉景勝でこれは大河「天地人」でも出てくる。直江兼続の主君である。もう一人がこの同盟の時に北条から人質として出した上杉景虎である。同盟はその後破棄されたが、景虎は越後に残っていた。この二人が後継者争いをする。よくある話である。これを「御館の乱」と言う。「天地人」でもここは兼続の見せ場である。結果景勝が勝利して後継者となる。

もちろん北条は景虎を支援したが、武田は景勝を支援した。そして今川滅亡後に結んだ武田と北条との同盟が破綻する。北条の養子を見殺しにしたのだ。同盟は維持できない。そうして織田と北条に武田は二正面にさらされるようになって滅亡するのである。上杉もあわや滅亡寸前まで追い込まれるが、本能寺の変で救われるのだ。甲斐、信濃が空き地になったからね。柴田勝家もくぎ付けだから、御館の乱で弱体化した体制を立て直す時間もできた。

北条と上杉の因縁の対立は根が深いので、他の大河ドラマ見るときにも参考になる。大河ドラマ真田丸」もその因縁を知らないと名胡桃城とかいまいち見えないのだ。もちろん真田の背後には上杉景勝がいる。沼田は上杉にとっても北条に渡したくない土地だ。関東への入口だからね。そのような関係性を知っていれば、沼田裁定の意味も違ったものになる。単に真田と北条の話ではないのだ。

そして武田討伐で信長が出馬するが、もちろんこれは物見遊山で「富士山が見たかった」と言うのも理解できる。ちなみに信長は近衛とか公家衆も接待で同行している。基本的には武田討伐は朝敵討伐だから公家も参加するのだ。

なのでそうなると物見遊山で接待である。日本でもトランプが来たら、交渉以前に「おもてなし」である。ゴルフをしたり、食事をしたり、各種の宴会と接待攻勢である。どうせ交渉は現場の事務方がやるのだ。信長の出馬も似たようなものだ。直接報告を聞いて指揮したりはもうしない。嫡男信忠とその側近の河尻秀隆とか、滝川一益などが前線で指揮をしている。そして武田の旧領を論功行賞で与えられる訳である。ちなみ家康は駿河が加増された。

言ってしまえはメンツのために調印式に出席したみたいなものだ。そして信長を立てて手柄にする。武田の無条件降伏を見届けに来ただけだ。だからそれ以外は物見遊山である。サミットも首脳レベル会合にはほとんど意味がない。伊勢サミットでは伊勢神宮を物見したり、観光気分だ。そもそも事務方の交渉でほどんど内容は決まっている。総理は署名するだけだ。なので東京でやるより観光地をアピールするのが最近のサミットである。

なのでサミット無用論と言うのがある。首脳が集まっても意味がない。それにG20だと20か国が集まる。そんな会合で意見がまとまるはずがない。ほとんど会議なんてしないのだ。大抵2~3日なのでたいして時間も取れない。政治的に意味のある交渉にはならないのだ。7か国だって多い。だから総花的なあいまいな会見になるのだ。意見の対立や温度差が露呈してしまうからね。

もちろんTPP交渉など突っ込んだ事務レベルの交渉は重要だが、サミットは違う。首脳が観光に来て遊んでいるだけだ。だから伊勢神宮の参拝をマスコミが取材したり、そんなのばかりになる。今回のトランプの来日も首脳レベルでは実務交渉はほとんどしていない。もっぱらゴルフと食事の話題ばかりである。それに危機管理は電話がある。北朝鮮がミサイルを撃ったら、即電話で会談する。それをわざわざ会ってまで話す必然性があるかと言えば微妙だ。

逆に会う理由は「わざわざ会ったの手ぶらではメンツが立たない」と言うがある。結果を出さないと体裁が悪いので、何とかまとめようとする。そういった思惑の意味はある。災害でも総理が視察に来るところだけ復旧を優先したりする。復旧が進んでいるように見せたいからだ。なのでサミットともなれば形だけでも成果を上げようと事務方は準備する。そうした意味はあるのだ。

トップが出ると言うは色々な意味があるのである。

この辺で締めたいと思います。

長文を読んでくださってありがとうございました。

 

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信長の野望と武将の評価

 

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コーエーテクモゲームスの「信長の野望」の新作が発売された。歴史ゲームであり、戦国もゲームもそれなりに興味のある私なのですこし書いてみたい。

私が信長の野望を知ったのは中学生の時である。1985年くらいだったかと思う。当時はパソコンが家庭には普及しておらず、友人の家にあった。当時はNECの9801シリーズでbasicで動いていた。もちろん高価なのでパソコンが買えなかった私だ。高校に入って学校に8001シリーズがあったのでそれで放課後遊んだ記憶がある。その頃「信長の野望全国版」が発売になった。部活の友人が8801シリーズを持っていたので、全国版はそっちで遊んだ。そのころファミコンに移植されたのでやっと家でもできるようになった。まだパソコンが高価でとても学生の身分では買えなかったのだ。

武将が登場するようになるのは「信長の野望戦国群雄伝」になってからである。そのころは他社も様々な歴史シミュレーションゲームを出していたので、ゲーム業界も群雄割拠になっていた。システムソフトの「天下統一」シリーズなどもプレイしていた。歴史ゲームも戦国だけではなく、三国志ジンギスカン。色々あったので試しでなんでも手を出した私でもある。コーエーテクモゲームスも「項劉記」なんてゲームもあったのだ。これは秦と漢のゲームである。「水滸伝」もゲームにした。何でもありだった。

今ではそれほどゲームに詳しくは無くなったが、それでも「信長の野望」となれは多少は興味もある。最近ではゲーム実況をあるので、たまに視聴する。

でもって、こう言う時に何かと「武将の能力値」が話題となる。謙信は100だとか信玄が低いとか、信長の野望だから信長が強いとか色々である。もちろん大抵の歴史ゲームはそうしたものだ。「天下統一」も武将の能力は売りの一つである。

そしてそうした能力値はその時の話題性も重視される。今年の大河は「井伊直虎」である。当然ゲームにも登場する。歴史的な重要性とは関連しない。大河の話題性があるから武将に採用されただけである。もちろんファンも期待するからであろう。なのでそうした評価も、時代によって違いが出る。「花の慶次」が少年ジャンプに連載された時に、前田慶次も「信長の野望」に登場した。原作のイメージもあるので「武力99」とかだった。なのでそうしたゲームのでの数値はあいまいである。ファンの主観を忖度して作られるからだ。これは製作者自身も語っている。「売る以上は話題性も大事だ」と。

なので能力値は多分に創作なので、主観的なものである。テレビで人気があるとか歴史小説で有名だからといった要素も加味されるのだ。ファンの心理にある「リアリティ」が数値となっているだけある。言い方を変えればロマンである。なので結局のところ「謙信は戦国最強」と言うのもロマンに過ぎない。

もっとも、そうしたロマンはいつもある。「真田十勇士」だって1672年書かれた「難波戦記」と言う軍記物が基になっている。それが歌舞伎になり、講談になり今に至っている。その過程で「真田日本一の兵」のイメージができたのである。評価と言うのは多分にロマンと印象によって出来ているのだ。実績ではない。敵を過剰に評価するのも「苦戦したが、こんな強敵でも勝った我が軍が一番強い」と言う印象操作である。徳川が武田をやたらに評価するのも「三方ヶ原で大敗」したからである。「こんなに強いのだから負けても止む無し」と言う印象操作である。真田も同じだ。

ロマンと印象なので、その時代の社会背景に影響される。なので常に一定している訳ではない。今川義元など「再評価」と言う話がある。書物が変わる訳が無いので、解釈する社会の価値観が変わったのだ。イノベーションなら信長だし、安定志向なら家康と言った具合だ。三成だって江戸幕府が安定してからは「最後まで主君に尽くした忠義」は再評価された。そんなものだ。

もちろん印象なので様々な印象操作がある。権力者によるものをある。大抵先祖のことは悪く書けないから改ざんする。幾ら史実の岩崎弥太郎が土佐の貧乏土豪でも「龍馬伝」の扱いは三菱社員には許せないのだ。歴史ファンにおいてもそうだろう。好きな武将の能力が低いと納得できないものだ。

 

dekunobou1025.hatenablog.com


そうした歴史と社会背景の話では義経伝説がある。ちなみに弁慶との京の五条大橋の決闘は江戸期の創作である。なぜなら平安時代には五条大橋はなかったからだ。橋が無いのに決闘はできない。弁慶も架空の人物と言う説もある。こうなるともう「勧進帳」も「弁慶の立ち往生」も創作になる。ロマンなのだ。

義経伝説では「平泉で死んでいない」とか「ジンギスカン説」と言う都市伝説もあるが、それも始めは東北一帯である。それが北海道に行ったと言う説に飛躍するのが明治期である。それは北海道開拓が本格化したのがその頃だからだ。義経と言う英雄を利用した「北海道は日本人の土地」と言う印象操作がある。当時はまだアイヌが多くいたからね。

そしてジンギスカン説が登場するのが、昭和の始め頃からである。日本が大陸に進出して、満州入ってからだ。日本人が大陸に進出と比例して義経の都市伝説が大きくなって行くのである。「判官びいき」と言う言葉もあるように、日本人の心のなかに「義経」はいるのである。そして義経伝説の変化は、日本人の価値観の変化でもあるのだ。

歴史と言うはこうした身近なものでもある。そして記録とロマンもそれぞれが影響しあって出来ている。記録よってロマンができたり、記録そのものがロマンだったりする。

そうした歴史解釈の揺らぎも面白いと思う私である。

この辺で締めたいと思います。

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日馬富士の引退

 

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日馬富士相撲協会に引退届を提出した。

相撲協会も引退届を受理したので、引退となる。もちろん「解雇」の場合は受理されない。受理したという事は、退職に伴う手当などは支給される。これは企業で言えば懲戒解雇と依願退職の違いである。懲戒解雇の場合は退職金は出ない。今回は日馬富士は暴行事件を起こしたので、引退は受理しないかとも思っていた。受理したあとは解雇できない。だから受理しないのだ。もちろん「解雇」にするためである。

相撲協会の「解雇」処分は八百長事件の時のある。蒼国来栄吉と星風芳宏の二名は引退勧告を拒否して「解雇」された。その後二名は不当解雇として訴訟に発展した。八百長を認めていなかったのもあるらしい。勝手に協会から引退勧告されたら拒否するのも当然である。この処分も谷川親方は反発したらしく、会見をしている。谷川親方も解雇された。竹縄親方も解雇されている。表向きは八百長事件の引責らしい。今回は貴乃花親方が解雇されるのだろうか?

訴訟なので判決では一審で両名とも不当解雇を認めて協会の敗訴となった。それに伴って蒼国来の現役復帰した。星風は協会が控訴してその後最高裁で上告棄却で解雇が決定した。

今回の一連の事件もそうした協会の思惑が見て取れる。早期に決着させたい協会が、ロクに調査も終わっていない状態で横綱が引退である。協会の圧力あったと見るべきだ。その点から見ると白鵬の「もう一度土俵に上げてやりたい」の発言はなんだったのでしょうかね?と言われるの当然である。きちんと調査してそれから引退ならまだ分かる。これでは「日馬富士を引退させて幕引きを図った」と思われても致し方ない。協会のすることは処分ではない。事実を明らかにすることだ。

こうなること危惧したから貴乃花は警察に被害届を出したのだろう。図らずもそれが正しかった事が証明されたわけだ。既に協会は引退で処分を終わせようとしている。それでは殴られた貴ノ岩もあんまりだ。白鵬だって「協会を膿を出す」と言う発言もある。その膿が出されないのに調査を打ち切るのが見え見えだ。引退しちゃたからね。追及しても意味がいないからしないと協会は逃げるための引退圧力だ。

よくある「トカゲの尻尾切り」である。都合の悪い奴に責任を押し付けて、当の本人は逃げる。日本の組織に多い体質だ。「手柄は上司、責任は部下」である。手柄は上の奴だけで、成功したときは「俺が育てた」。失敗したら「俺は悪くない」である。こんな茶番をまとも見る気がない私である。今回は余計な事をした貴乃花も解雇するのに格好の理由ができた。内心気に入らない貴乃花を解雇できてよかったなんて思っているに違いない。排除の論理で考えるなら当然だ。巡業中の事件なら巡業部長なら引責解雇でも理由になる。こう言う時だけ些細なミスでも追及するのが排除の論理である。理由なんてなんでもいい。要は排除できればいいのだ。

モンゴル力士排除論と言うのもある。稀勢の里横綱になる前の日本人横綱貴乃花である。モンゴル力士全盛の時代に協会内部に排除論がある。とかく相撲界では外国人排除の論調がある。かつては小錦もそうだった。曙もそうだった。国技である相撲に外国人が入るのを嫌う傾向もある。それはそれで一つの考え方だが、だったら協会がそうすればいい。暗黙の掟で排除する体質が問題なのだ。

なので小錦横綱になるときは問題になった。それで小錦はなれなかったと言われている。成績は申し分ないが「品格に問題あり」でなれなかった。「品格」って何ですか?である。コンビニに売っているのか?と思う私であるが、つまりは横綱審議委員会の好みである。こんなので横綱を決める相撲協会が前時代的だから問題が多いのだが。

じゃあちゃんとした規定があるのか?と言えば不明である。一応「2場所連続優勝」と言うが目安であるが、絶対ではない。優勝しなくても特例でなることがある。

北尾という力士がそうである。横綱になって双羽黒にになった。でも優勝は一回もしていない。14勝1敗で横綱になったが、この時は優勝決定戦で負けている。この時も問題になった。でも横綱審議委員会が押し通して横綱にしたのだ。新しい横綱がほしかったからからね。横綱といってもそう言ういい加減な相撲協会なのだ。そしてこの北尾は部屋と問題を起こして引退(廃業)する。この時の騒動も良くわからない。

なので「品格」とか言われても全くわからない。横綱にしたのだから少なくとも委員は「品格がある」と認識しているのだろう。でなければ小錦の昇進に異議が付いた理由が説明できない。もちろん小錦の騒動があったから曙は横綱になれたのだ。それから外国人力士全盛の時代となる。

そうした閉鎖的な相撲界が問題なのに、協会は何もしないのが問題である。でもって今回も何もする気がないのだろう。今回もロクに調査もせずに引退で終わりにする気でいる。

まあ相撲なんてロクに見ていない私なのでどうでもいいが、この体質は日本社会にもある悪習であるのが一番の問題なのだ。だから書きたくもなるのだ。

この辺で締めたいと思います。

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