セリーグと指名打者

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セリーグでも指名打者制を採用すると言う話である。週刊文春が「清宮関連」で採用とか言ってるらしい。プロ野球をちょっとでも知っていればお笑いもいいところだが、いつものマスコミなので「読売の陰謀」とかである。なんでもかんでも読売の陰謀にしたがるのはいつもの事である。

そもそも指名打者制の議論は今に始まった話ではない。昔からあった。広島が反対しているとか?別に読売の陰謀ではない。他の5球団は賛成とのことだ。

ちなみに指名打者制の流れは世界的なものだ。なぜならWBCにしろ国際試合は全て指名打者制である。一リーグ制を取っている国は指名打者制を採用している。していないのはアメリカと日本くらいである。無論国際大会を考えれば指名打者制の方がいい。従来の9人制に戻る事はないからだ。世界の主流はもう指名打者制なのである。

なので古いに9人制に固執しても利点がほとんどない。元々投手の負担軽減のためにできた制度だが、年々打高投低になっている。だからボールも飛ばないようにしているし、金属バットはプロでは禁止である。実際投手の負担の少ないパリーグ交流戦でも好成績をあげている。選手の育成にも利点が多い。投手は投球練習に専念できるからだ。無駄なバント練習なんかしなくてもいい。国際大会ではもう採用されない9人制の為にバント練習ですか?

もちろん私は指名打者制に賛成である。野球の国際ルールが指名打者制なら、そちらに準拠したリーグにすべきだろう。国際大会で勝ちたいのは誰でも同じである。ならそのルールに合わせた育成をしなければ勝てない。別に清宮とかどうでもいい。旧態依然のもう採用されてないルールでリーグを運営する事が無意味なのだ。ちなみにアマでも指名打者制を採用するリーグが増えている。大学野球指名打者制が多い。社会人野球(ノンプロ)も指名打者制である。

そう言っても、やれ読売の陰謀と言う無知な輩が多いので困ったものである。ちなみにセリーグがすべて9人制かと言うとそうではない。例えば二軍である。ウエスタンリーグイースタンリーグがある。当然セリーグ球団も参加している。しかし二軍は指名打者制を採用している。もちろんセリーグの球団だって指名打者を使う。それは「選手の育成に有利だから」である。投手の打撃なんか実戦で試す必要がない。それより一人でも使える打者を試したい。だから指名打者制を採用する。別に9人制にこだわりがある訳でもないのだ。

同じような事例でオープン戦がある。開幕前に2月の終わりから行う試合だ。これも指名打者制を採用する。セリーグの球団も採用する。無論反対している広島も指名打者制を活用する。打者を実戦で試したいからだ。一軍選手も調整で試合に出たい。若手を打者として使って一人でも多く試したい。投手の打席など意味が無いのだ。

つまり、既にセリーグの球団も指名打者制を部分的に採用している。新しい試みでもなんでもない。活用しているのだ。それを公式戦に導入するだけである。

ルール的には指名打者は任意なので、投手を打席に入れても問題はない。実際「大谷を投手で打席に入れる」とか日ハムでは検討されたそうだ。大谷が先発の時だけ「指名打者やめます」は出来る。試合中に指名打者を解除することも可能だ。ただ一旦9人制にしたら指名打者制に戻せない。

だから「嫌だったら9人制」すればいいのだ。不利かどうかはその場の状況如何だ。別に禁止されている訳では無い。大抵不利になるから指名打者を使うだけである。

指名打者制の議論は昔から散々議論されているが、そろそろプロ野球でも本格導入すべきだと考える私である。

この辺で締めたいと思います。

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野球と円陣

 

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プロ野球クライマックスシリーズでこれから日本シリーズに向けての戦いである。短期決戦なので一戦、一戦がトーナメントである。ファンにとっても見逃せない試合だろう。ファーストシーズンは3戦だから初戦に負けると後がない。当然選手も気合が入る。

なので、日本シリーズなどの短期決戦では「普段通りやろう」とか監督は抑える方にまわると言う。選手は勝手に気合は入る。熱くなるのだ。優勝に縁のないチームもある。選手生命で数回あるかないかの日本シリーズだ。もちろん優勝できずに終わる選手が大半である。その大会に出場である。誰だって熱くなる。緊張するのだ。だから監督はリラックスして行こうとか緊張をほぐす事に気をつかう。緊張してガチガチでは結果は出ないからだ。無論監督も熱くなったりする。監督だって初めての経験だったりするからだ。

そうしてモメンタムの話に出てくるのが「円陣」である。野球でも5回とか6回によくやる。選手が監督に集まって指示受けたりしているアレである。最近では「円陣を組みました」とか実況する。さぞかし特別の指示をしていると思うだろう。しかし本当は違う。大した指示はしていない。

大抵は「まっすぐに負けないようにしよう」とか「癖玉に気を付けろ」とかどうでも良い指示だ。若干意味があっても「初球から振っていこう」くらいなものだ。具体的な指示は一切ない。「振り負けるな」なんていつもそうである。わざわざ円陣をして言うことでもない。

そして円陣はベンチの前で大抵行う。相手チームから丸見えである。外でやってるから当然である。もし重要な指示ならそんな所で言わない。ベンチ裏で個別にやる。その方がより具体的にできる。相手の反応を見ながら丁寧な指示ができるのだ。イニングの合間に選手を呼んで資料を見せながら指示もできる。よく味方の攻撃中にコーチが選手とベンチで打ち合わせしているのが映されたりする。指示とはこう言う事だ。

似たようものに監督がタイムをかけてマウンドに行ったりするが、あれも大した事は言ってない。「間を取る」とか言うけどその程度である。「相手の調子を見てカウントが悪くなった歩かせろ」なんて言う指示もあると言う。選手にとっては全く具体性がない。そんなのいつも注意することだ。敬遠するのか、勝負するのかも指示していない。だから嫌がる選手もいる。そして勝負して打たれたら「なんで勝負したんだ」、敬遠して次の打たれたら「思い切って勝負だろ」と文句を言われる。どっちみち怒られるのだ。そんな指示はない方がマシである。だから嫌がる。最近は選手もテレビのトークとかしているので「意味が無い。もっと具体的にしてくれ」と言う選手もいる。実際そんな監督も多いらしい。

実は円陣には別の意図もある。試合だから相手がいる。相手がどう見るか?である。当然ベンチの前で堂々とやる。相手に見える。むしろ逆である。「相手に見せる」ために円陣を組むのだ。幾ら大した意味が無くても、どうしても意識する。それで制球が乱れたら隙が生まれる。こっちはただ円陣を組んだだけだ。何のリスクもない。たまたま円陣を組んでヒットが出ただけだが、打たれた投手はまぐれとは思わない。どうしても意識する。その疑心暗鬼が隙になるのだ。

なので円陣には意味はないが、意図はある。相手を惑わす意図だ。ちなみに捕手のサインの中に「首を振れ」と言うサインがある。通常は「カーブ」とか球種のサインであるが、これも意味ないが意図はある。投手にわざと首を振らせるサインなのだ。

投手には持ち球と言うのがある。持ち球の多い投手もいれば、少ない投手もいる。江川は自慢の速球とカーブのみで、それ以外はほとんど投げない。上原や佐々木はフォークである。シュートが武器だと言う投手もいる。西本はシュートが武器だった。

持ち球の少ない投手は配球を読まれやすい。江川はカーブと速球しかないのだ。なのでカウントで配球傾向が分かってしまう。当然打者もデータを調べてヤマを張っている。実は投手も捕手も打者も「次は速球」と読んでいる。でもそれだと打たれる確率が高い。打者の読みを外させる必要がある。

なので意味もなく「首を振らせる」。どうしても打者は意識する。もしかしたら速球じゃなくて裏を突いてカーブとか?どうしても考える。疑心暗鬼になるのだ。それが狙いだ。100%速球の読みが20%カーブを意識すれば対応が遅くなる。凡打になる可能性が増える。ただ首を振っただけだ。リスクはない。

 

勝負事には一見意味の無い行為にも意図があったりする。意味と意図は違うのだ。

この辺で締めたいと思います。

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トランプと戦国と女性問題

 

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トランプ大統領と夫人との関係が良くないらしい。こうした話題が多いのは大抵芸能人で、女性週刊誌のネタであるが、政治家など公人の例外ではない。話題になったのはダイアナ妃とチャールズ皇太子の離婚である。その後皇太子は再婚した。これも話題になった。王室となると公人なので、流石に離婚となると体面に関わる。

キリスト教では離婚は禁止である。これはどの宗派でもそうだ。もちろん法的には離婚はできる。しかしキリスト教は宗教なので別だ。教会は認めない。神父が「神の前で誓いますか?」は伊達や酔狂で言っているのではない。マジである。永遠の愛を誓ったからには守るのが宗教の原則だ。だから社会的制裁を受けるのである。

 

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だから国家の模範となるべき公人が離婚となると問題になる。人格不適切である。不倫も同様だ。だからトランプの離婚歴は当然問題になった。キリスト教の保守派は特にそうだ。神の誓いを破った不届き者である。そんな人物に大統領はふさわしくない。もちろんそれ以外にもトランプには女性問題が多いから目立たなかったけどね。どうせ離婚で叩かれるから「やっちゃえ日産」なのかも知れないが。どの道キリスト教保守派から批判されるのだ。

そしてこれは政治問題にもなる。妊娠中絶の法整備などもある。最高裁の判事の人選など争点になりうるのだ。ケントギルバートはモルモン教徒なので「中絶を支持するかで決める」とか言っていた。ちなみに不倫騒動の渦中の斉藤由貴モルモン教徒だと言う。そこんとこ教会はどうなんでしょうかね?。不倫ですよ。

不倫となると配偶者と相手の問題である。もちろんやった当人に責任があるが、された配偶者もである。不貞行為を理由に離婚したら「誓いを破った」事になる。理由の如何に関わらず、誓いは守るのが宗教だ。なのでクリントン大統領の不倫の時にはヒラリーは許さざる得ない。離婚できないのだ。

戦国時代の女性問題も色々ある。秀吉の正室のねねと秀頼の生母の側室の淀の関係は有名である。その前に鶴松を生んでいるが早世した。ねねに子が出来なかったのだ有名な話だ。そして当然不仲説がある。トランプ大統領と3人の夫人のようなものだ。関ヶ原の時に家康を支援したとか?秀秋に家康に付くように言ったとか?。とかくそう言う「女のたたかい」の話は尽きない。

当時は跡継ぎが欲しいから、武将は大抵側室を持つ。信長の正室は濃姫だが、信忠と信雄を生んだのは生駒吉乃である。三男の信孝は別の側室である。濃姫には子がいない。なので次男と三男は不仲説がある。長男の信忠は本能寺の変で戦死した。後継は次男と三男の有力で、そこで色々内紛が起こる訳でもあるが。よくあるお家騒動である。

でもって、当時は西洋から銃器も伝来するが、キリスト教も伝来する。キリスタン大名もいた。信長がキリスト教に好意的なのは有名な話だ。洗礼を受けた武将も多い。細川ガラシャの「ガラシャ」はクリスチャンネームである。なので「キラキラネーム」だ。西洋の牧師がつける名前だからね。

 

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宗教の基本は布教だから、宣教師はどこにでも行く。未開の地でも布教のためなら命をかける。難破の危険があっても日本まで来るのだ。もちろんアフリカやアマゾンの奥地に行って布教する。未開の地で布教することに使命感を持っている。これは戦国でも現在でも同様だ。ちなみに同じケントで外国人タレントのケントデリカットは宣教師として来日した。同じモルモン教徒である。そしてテレビに出てタレントになる訳だが。

当然現地の有力者と繋がりも持たないと布教できないので、贈り物したりした。そして戦国大名キリスト教に感化されたりもした。それがキリスタン大名だ。大友宗麟などもキリスタン大名で有名だが、洗礼は受けていない。

それは「側室」がいたからである。宣教師も当然キリスト教徒である。不倫なんか認めることはできない。それは布教以前の問題になる。不倫は悪なんだから、いくら理解者でも洗礼させる訳にはいかんのである。なので、洗礼を受ける事が出来なった。なので、戦国時代にそれほど布教が進まなかったのはそれもある。側室制度があったからね。宣教師も「悪習だが布教促進のために洗礼の条件を緩和して欲しい」と本部のスペインに報告している。だから黒田如水も側室はいなかったと言う。彼は洗礼を受けている。

当時の宣教師は、日本の「まびき」とか「口減らし」と言った行為を「悪習」と報告している。「子殺し」と定義して批判している。妊娠中絶を「子殺し」と定義するキリスト教保守派である。生活のためとはいえ、口減らしなど座視できない。

切腹」と言う行為も「野蛮で残忍」と批判している。キリスト教では自殺は禁止である。自ら命を絶つなど許されない。だから「野蛮」なのだ。だから日本の時代劇が海外で「ハラキリ」とか話題になるのはそれである。理解できない文化なのだ。だから「不思議の国ニッポン」になるのである。もちろんこれは日本軍の「特攻」なども同じである。体当たり攻撃が理解できない。だから恐怖である。何をするか分からないからだ。

江戸時代の禁教令があるから、どうしてもキリスト教と言うと明治と文明開化を想像するけど、入ってきたのは戦国時代だ。そして戦後の価値観もキリスト教を前提にしている価値観が多い。

戦国とキリスト教も関係も調べてみると面白い。

この辺で締めたいと思います。

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国替えと落下傘候補

 

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衆議院議員選挙が公示された。これによって22日の投票日に向けた選挙戦がスタートした訳だが、選挙にもいろいろ戦略や戦術がある。今回は「三都物語」とか野党共闘が話題である。

小選挙区制度になって、当選者は得票一位のみ当選なので、候補者が乱立すると野党は不利である。2人なら過半数を得票しないと当選しないが、4人の立候補者が居れば4分の1の得票でも当選の可能性がある。票が割れるからだ。なので野党は候補者を一本化せざるえない。自民党の支持率が3割でも野党が独自に候補を乱立すれば当選できる。なので「二大政党」になるのだ。これが中選挙区制との違いである。

そしてどうしても候補者は一本化しないと当選しない。当選者は常に一人なのだ。だから自民党でも公認候補は一本化する。連立している公明党と調整だ。当然公明党の地盤の強い関西圏は公明党の候補者を自民党が支援する。自民党は公認候補を出さない。もちろん票が割れるからである。

そうした話になると必ず出てくるのが「国替え」である。これは選挙区を移動して立候補することだ。政治家も基本的には慣れ親しんだ地元で立候補したい。地縁もある。知り合いに支援者も多い。これを「地盤」と言われる。組織票だ。なので基本的に現職議員は国替えを嫌がる。議員の時に支援者のために働いてきたのだ。国から公共工事や施設を誘致したり、補助金を取ってきたりした。だから支援者がついてきて組織票になる訳である。それを縁もゆかりもない選挙区から立候補ではなんの支援も受けられない。知名度もないのだ。党の看板と政策だけで勝負をしないといけない。

もちろん党の支援者も初顔合わせである。党から「公認」となっているが、それまでは会ってもいない人を応援しろと言われても一体感がない。関西に行って「納豆食うのが嫌」とか「タイガースファンじゃないから支援しない」とかあっても不味い。選挙なのでそうした印象も大きい。これは政治家に限らず転勤などでもあるけどね。「地元にうけいれられるか?」は大きい。だから国替えは怖いのだ。

戦国時代にも「国替え」はあった。三河出身の家康が関東に行ったのは有名な国替えである。それ以外にも色々ある。越後の上杉が会津に行ったとか、米沢にいた伊達政宗も仙台である。国替えである。

戦国時代の国替えにも意味がある。大きいのは「地縁を切る」事である。占領したあらたな地を統治するために家臣を送り込むのだ。店舗拡大でそれまではチーフだったけど昇格して新店舗の店長になると言った具合である。大抵出世のパターンはこれだ。信長も領国が増えたから「見どころある部将」を城主とか大名にして任せた。チーフから店長にするようなものである。そうして新店舗の任されて、顧客を増やすために努力する。戦国大名も同じだ。

なので、せっかく育てた領国から異動なると大名でなくても死活問題にもなる。今までの努力が振り出しである。あらたな地で一から顧客を開拓しないといけない。つらい地味な仕事だ。だから国替えは嫌がる。

そして主従関係と言っても色々ある。直臣もいれば外様もいる。外様と言うのは「フランチャイズ」のようなものだ。すべて直営店舗ではない。提携はしているけど経営は無関係だ。これが外様である。コンビニも買収などで系列は変わっても店長は変わらない。看板が変わっただけだ。地方のスーパーなんかでも割とある。これが外様だ。

こういう店舗は大手の系列であっても独自色がある。地元に根付いているのだ。単にフランチャイズになっているだけだからね。他の大手チェーンに乗り換える事もできる。コジマだったけど、ヤマダ電機に変わったとかそれである。直営店ではないからね。どの系列につくかはその店舗の経営者の判断だ。

政治家も同じである。地元の支援者が強固なら、党の支援などいらない。無所属でも当選できる。だから民進党の大物は無所属なのだ。小沢一郎みたいに新党立ち上げても当選できる。岩手は「小沢王国」なんて言われているからね。だから自民党を離党しても平気なのだ。

そして戦国時代もそう言う離合集散が根底にある。だから土着の豪族とその上に乗っかる大名である。だから土着の豪族が離反したらどうにもならない。織田から毛利についたり、武田についたり、今川についたり。強くて勢いのある戦国大名につくのだ。秀吉も中国攻めの時に苦労している。播磨の豪族がこぞって毛利に寝返って危機もあった。そう言う時に頼みの綱は信長の援軍である。柴田勝家だって上杉謙信が侵攻してきた時は信長オールスターで援軍した。信長も来る予定だったが、松永久秀が謀反したり、秀吉が離脱したりして手取川で負けるけど。秀吉も勝家も地縁があるわけではないので、こういう時は信長の織田軍が頼りである。党の看板だけなので、あとは人気や知名度のある政治家が遊説して支援である。

そう言う立候補を「落下傘候補」と言う。地縁の無い土地に党のイメージだけで立候補する事だ。そして大物議員や知名度のある議員が遊説に入って選挙戦だ。まあ小泉進次郎が来ただけで聴衆は集まるからね。秀吉も本拠は近江の長浜だが、単身で播磨に乗り込んだ。落下傘である。こう言う立候補だと知名度が命だから、タレントが立候補して送り込まれる事が多い。マスコミで知名度は抜群だからね。

この手の議員は党の方針には逆らえない。政党の支援あっての当選なのだ。地元の支援者が強固ではないからね。なので「根切り」が重要なのだ。常に党に忠誠させるためには地元組織が強すぎてもいけない。戦国大名同じである。国替えして地縁を断つのだ。そうすれば謀反も起こせない。あくまで主家からの預かりものとしておかなければならない。だから中央集権化と進めた信長や秀吉は国替えを頻繁におこなった。従来の地縁と切り離すためだ。家康も三河から引きはがして関東に送り込んだ。地縁を切るためだ。北条の土地で新たに領国経営のやり直しである。

もちろん権力者の狙いはそこにある。地方の大名が独自経営で豊かになって自活されてると困るのだ。あくまで中央政府の統治下でなければならない。だから国替えして土着権力が固定化するのを防いだのだ。自民党だって党本部があって地方組織である。東京都連のドン内田なんてのにデカい顔をされるのが嫌なのだ。地方組織は党本部の統治下になければならない。これが中央集権である。明治の廃藩置県も地方の土着組織を解体して新政府の県知事を派遣すると言った根切りである。もちろん知事は新政府の落下傘で派遣されるのだ。

もちろん政治家も戦国も国替えは悲喜こもごもである。その後の命運を分けた。ある者は成功し、ある者は統治に失敗して一揆が起きた。国替えを拒否して改易されて者もいる。

戦国の国替えの悲劇は色々あるが、それはいずれ書きたいと思う。政治家も戦国大名も「国替え」は一大事なのだ。

この辺で締めたいと思います。

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直政と家康と東尾修

 

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今年も大河ドラマ井伊直政が仕官して、これから出世物語になっていく。ドラマでは草履番から始めた事になっているが、多分脚色であろう。秀吉のエピソードを流用しただけに違いない。何しろ記録が無い。秀吉のエピソードだって所詮逸話である。秀吉だって草履番だったかは疑わしいのだ。逸話では信長に仕える前は今川に仕官している。これも確証が無い。大体逸話などそんなものだ。だから脚色の幅もできるのだけど。

でもって、直政は仕官するのだが、これは企業で言えば一般採用である。当初は「松下の家名」として縁故採用組だったが、井伊なので一般入試組である。なので最初は草履番と言った一般職なわけだ。所謂「小姓と言ったキャリア組」ではない。それは縁故採用だからなれる。

そして、武家社会にも必ず門閥がある。そして血縁関係を重視する。よく戦国の主従関係「息子を人質」と言うのがあるが、出す方もあながち悪い話でもない。その主家の門閥に入るのだ。そして幼少の頃から英才教育を受ける。家康だって今川家で英才教育を受けた。もちろん義元が桶狭間で戦死しなかったら、今川家の重臣となっていただろう。実際一軍を任されていたからね。なので小姓と言うのは仕官してすぐ成れるものではない。直江兼続だって上杉景勝の学友である。7歳で親元から離れて上杉家で暮らす。ちなみに「子供店長」の加藤清史郎は大河ドラマで有名になった。幼少期の直江兼続を演じていたからだ。

そうして景勝の学友だったから、景勝が当主になってからは重臣である。信頼できるからね。なので人質とか養子を出すのは「ゆくゆくは重臣にする」からである。社長の娘と結婚して婿養子に入るようなものだ。もちろん結婚する男にも野心がある。コネで出世が約束されるからね。戦国時代も同じである。下剋上と言っても前提には地縁、血縁がある。それは見失ってはいけない。

なので、最初の直政もそんな者だろう。期待されていなかった。ドラマでは家康が「見どころがある」なんて言っているが、あれは脚色だ。ドラマのメインですからね。そんな事は無い。ただ平の草履番程度の認識だろうね。

もちろん、その直政が出世するのにも理由がある。それは「人材が無かった」からだ。一般的に家康は家中が団結しているように書かれるがそんな事はない。それは後世がそう見せただけだ。

まず直政が仕官した当時の家康の状況である。三河から遠江に侵攻して遠江の旧今川家臣団の取り込みをしているころだ。その過程であぶれていた井伊にも目を付けたのだろう。それは武田滅亡後にも甲斐の武田の取り込み腐心したのと同じだ。地縁のある家臣が欲しいのだ。

そして少し前に三方ヶ原の大敗がある。あの合戦で多くの家臣が戦死した。援軍に来た信長の先発隊の武将も戦死する激戦だ。なので人材がいない。戦に強い家臣は大敗で戦死してしまったからね。そこに直政の出世の理由がある。単にいなかったから使ったのだ。

そして家康にも分裂騒動や内紛はあった。有名なのは信康事件だ。これは家康の後継者の信康が「勝頼と内通した嫌疑」で信康が自刃した事件である。もちろん信康にも派閥がある。

当時は信康は岡崎にいた。家康は遠江の浜松である。領国支配を安定させるためである。そして浜松には新参者の遠江の家臣団が仕切り、岡崎には三河の古参の家臣が若い信康の支えていた。その亀裂が遠因にあると言われてる。岡崎衆と遠江衆の派閥闘争で、岡崎衆は信康は擁立して政権奪取を画策したのだ。織田と松平は仲は悪いからね。信秀時代からの遺恨がある。古参だからその頃を知っている。桶狭間の生き残りもいるからね。

信康事件で家康はそれを粛清した。当然三河譜代の古参が多いから主力がごっそり粛清された。スターリンの粛清みたいなものだ。帝政ロシアの旧将校を粛清したから、ろくな将校しかいない。優秀な奴は粛清しちまったからね。なので若くで多少は使えるようになってきた直政が「徳川四天王」なんてのになるわけである。人材がいないからね。

それでも本能寺の頃になると多少は人材も良くなるが、武田の家臣団取り込んだりしているからね。だから小牧長久手では局地的には勝利する事も出来た。でも今度は秀吉の謀略を仕掛ける。「石川数正の出奔」である。脱走して秀吉に買収された。

石川数正は家康の重臣の一人である。ナンバー2とも言われる人物である。当時家康は秀吉と停戦はしていたが、講和はしていない。内部でも「帰順すべき」と「徹底抗戦」に分かれていた。数正は帰順派だったらしい。なので単身秀吉に乗り込んで和平交渉するために敢えて出奔したとも言われている。

でも家康にとっては大打撃だ。政党の内部情報知っている幹事長が離党しちゃったような話である。最近ではどっかの党にあったような話である。下手をすれば分裂だ。それで家康は数正の関係者を粛清した。勝手に出奔したんだから当然である。そして徳川の内部情報が秀吉にバレバレですから。そのあたりから武田の編制を勉強したりして軍制改革もする家康である。「正捕手がFA宣言して移籍したから、サインを全部変える」ような事だ。変えないとバレバレですからね。

似たような話に東尾修と言う投手がいる。名球会に所属する大投手である。彼はドラフト一位でライオンズに入団したが、初めから期待された訳では無い。ドラフト一位で入ったものの、二軍でも打たれていた。本人も「プロでは通用しない」と感じていたらしい。

でもそのライオンズに事件が起きる。「黒い霧」事件だ。ライオンズの主力選手が野球賭博に関与した疑惑で永久追放になった。主力がごっそり抜けたのだ。当然先発がいない。東尾修にももう一度チャンスがめぐって来る。とにかくドラフト一位で取った新人だ。投げてもらわないといけない。多少負けても一軍で使ってもらえた。東尾修自身「あの事件で使ってもらえた」と言っている。そして経験を積んで大投手になった。でも最初から期待された訳ではない。たまたま人材が不足していただけだ。そしてプロ野球でも「主力が抜けたときは若手台頭のチャンス」とよく言われる。

かように井伊直政の出世には家康の人材難がある。もちろん直政が「岡崎衆でなく家康の子飼」だったからでもあるが、それはまたいずれ書く事にする。

この辺で締めたいと思います。

長文を読んで下さって、ありがとうございました。

 

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トランプと小池百合子とキュゥべえ

 

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希望の党の公約が発表された。公約の概要は以下である。

引用

希望の党の公約

①消費税増税凍結

②議員定数・議員報酬の削減

③ポスト・アベノミクスの経済政策

原発ゼロへ

⑤雇用・教育・福祉の充実

ダイバーシティー社会の実現

⑦地域の活力と競争力の強化

憲法改正

⑨危機管理の徹底

■「希望への道」しるべ 12のゼロ

原発ゼロ

②隠ぺいゼロ

③企業団体献金ゼロ

④待機児童ゼロ

受動喫煙ゼロ

⑥満員電車ゼロ

⑦ペット殺処分ゼロ

⑧フードロスゼロ

ブラック企業ゼロ

⑩花粉症ゼロ

⑪移動困難者ゼロ

⑫電柱ゼロ

引用終わり。

たいして目新しい政策ではない。いつもどっかの党が言っている事ばかりだ。だから誰も公約なんか見ない。カーボンコビーのような事しか書いていないからだ。そして守られない。大体公約が実現できたためしもない。だから政治不信なのだ。そして慢性的な政治不信が続いている。不祥事もあるが、公約が実現されないのが大きいのだ。一時期「マニュフェスト」なんて言葉も踊ったが、守られなければ意味がない。

だから政権公約有権者に気持ちのいい空手形ばかりが躍る。票を入れて欲しいからね。セールストークと同じだ。政党の広告なんか見ない。公約などその程度だ。

それでも希望の党の公約が出たのだから少し見てみようと思った私である。マスコミの発言もあるから大体は既知だが、念のため程度である。

案の定、耳障りのいい宣伝文句が書いてある。まず消費税10%凍結である。自民以外はすべて「凍結か廃止」である。公明党も「軽減税率」である。まあそう言うだろうね。増税は票を減らしますから。もちろん自民は別と言っている訳ではない。自民だって散々「減税」を公約の宣伝に使ってきた。どこも必ず書く事である。増税は誰でも嫌がる。

議員報酬とかも大抵どこも言う。散々「議員自ら身を切る改革」なんて言ってる。もしそうなら、議員は骨と皮だけになっていると思うけどね。毎回の選挙で公約になっているのだから「実現していない」って事である。公約が達成できていない。何年「議員報酬や定数」の議論をしているのだ。そして毎回「定数を減らす。報酬を削減」である。有権者をバカにするのも大概したほうがいい。要は票が入るから書いてあるだけだ。後は経済対策とか原発ゼロと適当な事が書いてある。たいして内容には意味はない。どうせ公約なんか守れないからね。

でも違った見方をすれば小池新党が何かがわかる。確かに守るのなら、それなりに意味のある公約だ。宣伝文句としてもまあまあの出来だ。でも内容がない。そして小池百合子は「アウフヘーベン」とよく言う。「違った考え方を持ち寄って議論を行い、そこからそれまでの考え方とは異なる新しい考え方を統合させてゆくこと」という説明がなされることがある。つまりは「いいとこどり」である。これが今回の希望の党の公約のすべてなのだ。

つまりは従来の自民、民進の公約から「有権者に宣伝になる」公約だけ抜き出して書いた訳だ。そうすれば票が期待できるからね。だから小池百合子の発言には理念が見られない。良し悪しは別として考えていることは「票」である。安全保障は自民で、原発は民主だ。票になると思ったからである。

似たような政治家にトランプ大統領がいる。何を考えているか分からない政治家だ。これも同じである。「銃犯罪は減らすが銃を持つ権利は守る」ってできるんですか?オバマの保険制度は廃止するが、社会保障は守るとか?新たな保険制度にするとか言っているけど出来んの?である。

つまり「シングル(ワン)イシュー」の集合体の公約である。議員も寄せ集めと言われているが、公約も寄せ集めだ。私は「大抵選挙の争点は一つか二つ」と書いた。

 

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なら逆の発想である。どうせ有権者の争点は一つだから。個々の争点で票になる政策にすればいい。整合性なんて関係ない。だって有権者は争点は一つしか理解しないからね。と言う発想だ。だからトランプも公約はめちゃめちゃだ。整合性のかけらもない。でもいいのである。アウフヘーベンでは「銃を減らす事と銃犯罪を減らすは同義ではない」って言えるからね。だから小池百合子も「豊洲に移る、築地は生かす」とか滅茶苦茶な事が言えるのだろうが。

そして豊洲と築地の両派から票を集める事に成功した。つまり「豊洲に移る」と「築地に残る」の片方しか有権者は判断していないと言う事だ。もちろん個々の有権者の争点はこれだけではない。個々には個々の「シングルイシュー」がある。それだけ満たしてやればいい。これがトランプや小池百合子のやり方である。原発問題で入れる有権者は安全保障には興味がない。同様に待機児童ゼロで入れた有権者原発が動こうが止まろうが関係ない。そう言う発想のもとで政策を組んだ訳である。その有権者には待機児童ゼロが重要で「築地か豊洲か?」なんて、どうでも良い話だ。一部の関係者が騒いでいる問題である。それより「来年の娘の幼稚園が見つかるか?」である。生活が懸かっているいるからね。幼稚園が見つからなければ働きに行けない。

そしてトランプや小池百合子は「そのシングルイシューの合体」が世論であると考える訳だ。有権者にも政策の優先順位がある。「一丁目一番地」さえ合ってればいい。そこで判断するからね。実際郵政解散はそうである。郵政民営化だけの判断で自民党は大勝したのだ。その発想を拡大させて寄せ集めただけのことだ。

だから理念などない。作れっこない。そもそも「子育てのビジョン」ではなくて「待機児童を減らせ」と言う要望を政策に入れただけだからね。そうすれば子育て世代の票が入ると思っただけだ。原発も安全保障もそうだ。すべて「要望があって票になるから」である。未来のビジョンのかけらもない公約だ。

あんまり叩いてもアレなので、別の見方もしよう。日本は民主主義である。大衆がこの国の未来を決める。政治家ではない。政治家は「ただの代弁者」に過ぎない。政治家にビジョンなどいらないのだ。国民の意見を代弁するロボットであればいい。有権者の代わりに議会で発言するのが仕事で「自分の意見」は言う資格がない。だってそれが「間接民主制」の基本だからね。当事者は国民であり、議員は「交渉代理人」に過ぎない。ならビジョンを語る必要などない。ビジョンは国民が個々に考えるべきことだ。小池新党が勝つと言う事はとどのつまり「国民にビジョンがない」と言う事の裏返しでもある。

時に「魔法少女まどかマギカ」と言うアニメに「キュゥべえ」と言う動物がいる。少女たちに魔法少女になろうと勧誘するインキュベーターである。魔法少女になった少女たちは悲惨な末路になるが、もちろんキュゥべえにも言い分はある。願い事を一つだけかなえてくれるのだ。そして「願いはかなったんだから本望だろう」と言う理屈である。ちゃんと約束は果たしたからそれ以外はキュゥべえの都合である。つまり白紙委任だ。

シングルイシューとはこれである。一つの争点以外はあとは白紙委任だ。待機児童ゼロの経費で増税になっても致し方ない。原発ゼロで電気料金が上がったとしても受け入れるべきだ。再稼働なら今後も事故は絶対に起きる。その時にその被害に日本は耐えられるか分からないけどね。社会保障を拡充するなら、増税はまず避けられない。

結局それが政治かもしれないが。「どうしてもやって欲しい政策」にかけてシングルイシューで投票するか、そうしないかである。実際築地の関係者なら移転問題は死活問題だ。商売ができなくなる恐れがある。ほかの事などどうでも良い。その人たちに「シングルイシューで投票するな」と言っても無意味だ。死活問題なんだからね。「豊洲に行ったら店が潰れる」なら最後まで戦うしかない。あとは白紙委任でも良いと思うだろう。

もちろん、シングルイシューで投票しようが、理念を重視しようが、印象で選ぼうが自由である。棄権してもいい。でもその行動の意味と責任くらいは持っておくべきである。

この辺で締めたいと思います。

長文を読んで下さってありがとうございました。

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小池百合子の出馬の可能性

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小池百合子衆議院立候補が取り沙汰されている。新党を立ち上げて自民党との対決姿勢を表明した小池百合子であるが、自身の立候補は表明していない。もちろんそれは都知事をやっているからで、立候補するためには都知事を辞めなければいけないからだ。

昨年の都知事選で突如立候補して都知事になった小池百合子であるが、就任して一年ちょっとである。その段階で国政に戻ると言うのある。さしたる成果も無く、国政に戻るのは身勝手ではないかと言う指摘は必ずでる。自民党で無くても都民にもそう思う有権者は多いだろう。自民党は「そうなったら小池人気は終り」と思っているようだが。

国政に戻る理由は小池百合子にもある。もちろん総理である。総理は国会議員でないとできない。それは憲法に書いてある。大臣は民間人でもなれるが、総理は国会議員でないとならならい。現状ではたとえ小池新党が政権をとったとしても小池百合子は総理にはなれないのだ。だから批判を覚悟で国政に戻ると言う判断もある。

でもって私個人の勝手な憶測では、小池百合子は立候補すると思う。もちろん都政を投げ出したと言う批判は覚悟だ。でも多分、政権交代にはならないだろう。自民は公明と連立してどれくらい維持できるか?そこが鍵となるだろうね。

小池人気は今だけである。既に豊洲やオリンピックも齟齬が出始めている。移転の混乱もまだ収まっていない。現実にはまだまだ迷走するだろうね。人気は落ちるだけなのだ。政策提案は人気だけでもできるけど、実務となると別だ。そもそも「築地も豊洲も残す」なんて不可能だ。だから齟齬が出て迷走するだけである。

オリンピックも同じである。色々案は出すけど、結局はどうにもならない。それが小池百合子である。実務がダメなのだ。もっとも実務を知っていたらあんな事は怖くて言えないが。だから人気がある。空手形で期待感だけは作れるからね。なので期待感で都知事になった。バブルである。バブルはいつかはじける。なので、人気はこの程度しかもたないのだ。小池人気が沈む前に、新たな敵を作って期待感を作らねばならない。なら国政で反安倍が一番いい。対立構図を作るには自分が出た方がいい。小泉劇場と対比させて「小池劇場」なんて言われている。小池百合子は、新党立ち上げの前に小泉元総理に会いに行ったとか?。郵政解散の時の「刺客」ですからね。もちろん浅からぬ繋がりがある。

そうした小泉元総理のやり方を真似しているのだろう。その頃は「抵抗勢力」なんて言葉も流行った。そうした世論を作るのが上手い小泉元総理である。「反安倍」もその手法である。

なので対決構図を鮮明にするには出馬しかない。勝つか負けるかは時の運だが、どの道小池人気はジリ貧だ。なら勝負できる今しかないだろう。そして負けても今度は自民党を追求できる立場である。守る既得権者は自民党である。舌攻の鋭い小池百合子のフィールドで勝負できる。小池バブルは持続できる。国会論争で自民を攻撃すればいい。渡りに船だと思うけどね。小池百合子が女性総理になれるかは分からないけど、野望があるなら出るだろう。でなければ、橋下徹の維新のように潰れるだけだ。政局ブームなんてその程度しか続かない。なら「鉄は熱いうちに打て」である。

もちろん批判は受けるだろう。でもそんなのは大衆はすぐ忘れる。それに都民ファーストが大勝した時は「都議会が知事の言いなり」とかマスコミが騒いだ。「だから今回は議会の健全化のために都知事辞めて国政します」って理屈もアリだ。理屈などどうにでもなる。安倍総理の解散理由みたいなものだ。都議会自民党は「小池独裁」とか言ってたから「なら新知事にして二元代表制を堅持します」と言えばいい。マスコミもそう批判してきたんだからね。そして都民ファーストの代表にもなればいい。どの道「小池新党」と言われているんだからね。

結局政治家の弁明などその程度だ。なんとでも理屈は付く。要は勝てるかどうかだ。なので政局に強い小泉元総理に会いに行ったのだ。政局の師匠だからね。

今回はそんな戯言を書いてみた。もちろん勝手な私の憶測である。

この辺で締めたいと思います。

長文を読んで下さってありがとうございました。

 

 

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