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山田哲人のホームラン

スポーツ 野球 雑談

 

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たまには、野球の事も書こう。

先日行われたWBCの第一戦の対キューバ戦の4回で山田哲人選手のホームラン性の打球がフェンス手前で観客にキャッチされ2塁打にされた。

結論から言えば、これはキャッチしたファンの中学生が悪い。叱るべきである。フィールド内のインプレー中は選手以外はボールに触ってはいけないのが原則だ。それはフィールド内にいる「審判」であっても同様で「可能な限り避けなければならない」でも避けきれずに当たってしまったりもする。なので「審判に当たった場合は妨害行為には見なさない」としている。いわゆる「審判は動いている石と同等に扱う」と言う規定である。

なので、ファンも妨害してはいけないのである。もちろんフェンスを越えたらそれはファンの領域である。何をしてもいい。しかし今回のケースはファンがフィール内のボールを取りに行こうとしている。アウトである。

逆にエキサイトシートなど、選手が観客席に乗り出して捕球しようとする行為」もある。それは「選手も危険を冒しているのでファンは妨害をしても良い」客席はファンの領域であり、違反して侵入しているのは選手なのだ。

野球規則3、16より引用

野手がフェンス、手すり、ロープから乗り出したり、スタンドの中へ手をさし伸べて捕球するのを妨げられても妨害とは認められない。野手は危険を承知でプレイしている。しかし、観衆が競技場内に入ったり、身体を競技場の方へ乗り出して野手の捕球を明らかに妨害した場合には、打者は観衆の妨害によってアウトが宣告される。

引用終わり。

なので審判の判断にもよるが、この場合は「エンタイトルツーベース」になる。妨害が無くても選手が捕球できるとは考えられない打球だが、妨害されたのは明白である。本塁打には認定できない。つまり本塁打でもないが、アウトでもない。間をとったと言う判断で「エンタイトルツーベース」である。でもってファンが取った時点でボールデットで試合は一時停止する。そして審判が「プレイボール」言ったら試合再開である。インプレーとなるのである。

そしてエンタイトルツーベースは「安全進塁権」と言う。この場合2つの進塁権を得るので、二塁もしくは三塁の走者は得点なる。仮に一塁だったら、三塁になる。安全進塁権は打者と走者に与えらえる。

また、メジャーの古い球場などで外野フェンスが蔦で覆われている球場などがある。ボールが蔦に挟まって取れない時がある。そういう場合は「ボールデット」にして「エンタイトルツーベース」にする場合がある。インプレーにしてしまったら、走者が全てホームインして得点になってしまうからだ。

 

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話を戻そう。実はこの手の問題は実は外野フェンスでは無く「エキサイトシート」でよく起きる。それは客席とフィールドが近いからだ。なので昨年の交流戦でも事件が起きた。楽天のオコエ選手の打球をエキサイトシートのファンが身を乗り出して取ったのだ。そのファンは勢い余ってフィールド内に転げ落ちたらしい。明らかに妨害行為である。

そして、「エキサイトシート」なのでメジャーでもよく起きる。選手との距離が近いから「興奮してエキサイトするからエキサイトシート」なのだが、反面こういう問題もある。「グラブの持ち込み禁止」とか言っているファンもいるようだが、そんなの何の意味もない。エキサイトシートには「危険防止」のために「グラブとヘルメットが常備されている」たとえグラブを持ってこなくても、そこにある。捕球できるのである。もちろん「打球の速いファールボールで事故が起きない為」に「観客が捕球できるようにしてある」のである。仮にグラブを撤去したら今度は打球に当たって事故が起きる懸念が生じてしまうのである。

仮にエキサイトシートの場合は乗り出して落ちても、事故の可能性は低いが、外野のフェンスは高い。もし落ちたら大変である。一歩間違えてれば死ぬ。でもって「フェンスを低くしてもいいか?」と言えばそうでもない。そうなると「ファンがフィールドに乱入して騒ぎを起こす」事があるからだ。

昔のファンはマナーが悪かった。それは事実である。平気でフィールドに乱入して乱痴気騒ぎをした。負けると腹いせで入ったり。優勝したら興奮して乱入した。だからあえてフェンスを高くしたとも言われている。混乱防止の為だ。フェンスを高くすれば多少興奮しても思いとどまる。落ちたら危ないと思うからである。でも低いと恐怖心が起きない。だから平気で乗り越えて乱入して騒ぎを起こしたのだ。

もちろん、外野フェンスは多少身を乗り出しても落ちないように安全対策はしてある。でも万が一がある。落ちたら本当に死ぬかもしれん高さなのだ。エキサイトシートだって同様だ。頭をから落ちて事故になる場合もある。そんな事はしてはいけないのだ。

大人としてちゃんと叱るべきだ。

勝った負けたの問題にしてはいけない。妨害だし、危険なのだ。

だからその辺を踏まえて「ちゃんと叱ろう」。

球場では「ルールとマナーを守って観戦しましょう」と言うのが今回の話でした。

この辺で締めたいと思います。

長文を読んで下さってありがとうございます。

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安倍晋三と教育勅語

政治 社会 雑談

 

 

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森友学園について書く。

教育勅語の問題なのだが、とりあえず、思想面の軍国主義については置いておく。それはそれで、問題であるのが、分けて考えたい。それより「安倍総理教育勅語と教育行政」の関係についてである。

安倍総理教育勅語に対する思い入れは強い。それは出身派閥の「清和研究会(以下清和会)」の政治信条が大きく関わってるからだ。なので話は清和会からになる。

清和会は総理にもなった故岸信介が創設した自民党の派閥である。いわゆる「自由民主党」「(吉田茂自由党」と「(鳩山一郎日本民主党」が保守合同で合併してできた政党である。そして岸信介日本民主党と政治家である。そして、自民党の「主流派」とか「非主流派」の源流はここに遡る。そして、保守合同から吉田派とか鳩山派とか「戦後の派閥政治」が始めるのである。

政治信条は「タカ派」と呼ばれる。憲法を改正して自衛隊を軍隊として規定すべきだ。とか、東京裁判をなど歴史認識でも右翼的な見解を持つ。そういう方々が集まる派閥だ。その前提がないと、「なぜ森友学園を支援するのか?」が理解できない。つまり、安倍総理と夫人は「森友学園の思想全体」に共感をもっているからと言うのを理解しておかなければならない。

それは、安倍総理自身が「右翼的思想」をもっているからだ。歴史認識で問題発言したり、靖国神社に行ったり。教育勅語を公教育で使おうと試みたりもする。そもそも岸信介安倍総理のおじいさんである。思想が受け継がれているのである。

そして東京裁判に批判的なのも「岸信介A級戦犯として逮捕された」過去を持っているからでもある。自分の親族で、派閥の創設者である。不起訴になったとは言え、東京裁判の不当性に言及したくなるのも、心情では理解できる。そして岸信介は東条内閣で大臣を務めていた。だから被疑者として逮捕されたのである。なので一連の「昭和の戦争」に肯定的で「侵略では無くて自衛戦争」と言う立場をとる。なので、清和会はそのような歴史認識に賛同した政治家の集まりで派閥なのである。単純に派閥があって人が集まる訳では無い。政治信条があって人が集まって結社となるのである。

なので出身派閥と発言をすこし聞けば、その政治家の思想がわかる。稲田防衛大臣も清和会で東京裁判には批判的だ。関連がある。「神の国」発言で問題になった森喜朗は清和会の会長をしていた。そして総理になって、あの発言である。教育勅語の指導も、森喜朗が総理の時が発端である。タカ派なんだから、致し方無いと言えばそうだけどね。

そして改憲岸信介の悲願であった。なので改憲にもっとも積極的なのは清和会だ。もちろん9条の問題もある。政治信条からも改憲したいし、偉大な岸信介の孫として見合う政治的偉業を成し遂げたい。仮に改憲したら、間違いなく歴史に残る政治家になれる。

そして森友学園教育に話を戻す。この問題は森友学園の特異性の問題ではない。清和会の政治信条の問題である。単に「そこに共感する学校法人があったから」森友学園を支援したのだ。つまり「体罰を躾と考える教育」は正しいと安倍夫人が考えてるから支援したのである。それは戦前の軍国教育が好きだからだ。なので清和会と言う派閥があるし、愛国教育を義務教育化したいのである。

でもいきなり、そんな政策はできない。でも私学なら学校に裁量権がある。そこで既成事実と実績をでっち上げて、公教育に導入すればいい。だから建設を急いだのである。でなければ普通は「すばらしい教育」なんて連呼できない。安倍夫人は「愛国教育」が「人間の意識高めるすばらしい教育」だと思っているのだ。そして「安倍総理も理想と考える教育を私学やってくれる」ので、政府が役所に介入してやらせたのだ。

それは安倍総理の発言と派閥の歴史や所属議員をみればわかる。みんな同じ政治信条だからだ。高市早苗だって愛国教育が好きである。でもって、あのマスコミ批判である。もちろん清和会所属である。状況証拠と外在性から見ても明らかである。なぜなら派閥の政治信条は一貫しており、それに乗っ取って政策が実行されているからだ。

高市早苗の「青少年健全育成」も極めて保守的なものだ。マンガやゲームを標的にして、サブカルチャーを規制する政策である。森友学園の教育理念に合致してるかのような政策である。清涼飲料水を「子供に飲ませるな」と言うくらいだからね。そしてその政策は、保守的でタカ派政治家である石原慎太郎と類似している。彼も同じような「青少年健全育成条例」と作っている。そして体罰教育で事件を起した「戸塚ヨットスクール」を絶賛している。ちなみに歴史認識で批判された田母神俊雄も絶賛してる。

そう言う思想の方々なのだ。軍国思想と教育理念がつながってるとしか言いようがない。

そして、右翼団体日本会議が関係していると言う。校長は日本会議の関係者だ。愛国思想と言った同じ政治信条をもった集団である。つまり「政治家と右翼団体と学校と役所がグルで癒着してやった」のが今回の土地取得の疑惑である。

この辺で締めたいと思います。

長文を読んで下さって、ありがとうございました。

 

 

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私人と公人

政治 社会 雑談



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森友学園の証人喚問について書いてみる。

総理夫人を呼ぶかどうかでも揉めているようですが、まあ名誉校長もやっているので、まあ喚問されるが打倒だと思うけどね。まあ総理としては自分の傷だし、夫人をそういう「裁判」に出したくないから拒否してるんでしょうが。

でもって首相の言い分は「妻は私人」である。小生は思わず「は?こいつバカなのか?」と思った。そもそも「私人だから証人尋問してはいけない」って、何なんでしょうかね?あきれ果てて、どう言っていいか分からん状態である。

まず、私人と公人についての話からしなければならない。まず、人がいる。これには公人も私人もない。ただの人である。あるのは「その人が公的責務をどの程度負っているか?」であって、人ではない。もちろん法人格と言うの「公益性」を負っている。程度が違うだけある。だから学校法人などは「公益性の高い法人」だから優遇されるのである。「NPO法人」と言うのも公益性が高いから非課税である。

そして、公益性と言う意味では「天皇」と言う存在がある。人である。でも極めて公益性の高い存在だ。存在そのものが「公益」である。だからその高い「公益性」で人権を制限されるのある。だから「生前退位」と言った「個人的に辞任したい」と言う判断であっても、公益の観点から議論になるわけである。だから、言論の自由や信教の自由もない。基本的人権が限りなくない。でもしょうがないのである。「それは公益性」が優先されるのである。

なので「公益性」と「公人」は別である。間違えてはいけない。誰にだって「公益性」はある。でも「公益性は低いから人権を最大限尊重しましょう」なのである

首相も公益性の高い存在である。だから「不逮捕特権」なるものもある。発言には重みがあるし、個人的信条ですべて話していい訳では無い。外交関係もあるからだ、政教分離もある。特定の宗教や思想と癒着してはいけない。それは「公人」だからではない。「公益性のある職務についているから」である。そして首相や議員は「公私を分けられない」そもそも勤務時間なんてないし、24時間権限を行使できる。だから「公人と呼んでいる」だけにすぎないのである。

だから政務活動費を強引に私的に使っても「これは政治活動」と言い張れるのである。「政治家は常在戦場で、常に公務」と言い切れる。それは良い。でも靖国に行くときだけ「これは個人的信条だから」は通らんでしょう。じゃあいつ人格が変わったの?って話である。せめて任期中くらいは「政教分離」は守って欲しいんだが。

なので、私人とか公人とか区別するとややこしくなる。

もちろん一般個人でも「公益性」はある。土地取得など「行政代執行」が良い例である。あれは明らかに人権を無視している。でも「公益性の観点から妥当」だから行うのである。たとえば空港を作ろうとして、予定地に家があったとる。どうしても売りたくない。でも取り壊さないと空港はできない。そういった「どうしてもやむ負えない」場合は「公益性を優先」して取り壊す訳である。

 

なので一般人であっても「公益性」はあり、制限される場合もあるのだ。

間違えてはいけないのは「土地と家主の政治信条とは別」である。家主の言論の自由も信教の自由も保障されなければいけない。そして土地の所有権は最大限保障されなければいけない。やむを得ない場合にだけかぎり「その土地の所有権は放棄しろ」と言うだけある。

そして、その判断は慎重に行わなければいけない。「空港を作るためにどうしても必要」と言う根拠がなければいけないのである。

 

 

なのでたまに「教師は公務員だから国に従え」かのようなアホな意見がある。確かに公務員として職務はある。でもそれは、議員や首相や天皇と同じではない。公務員であっても「政治信条のや信教の自由」は保障されるべきだ。それは「公益性」が違うからである。

だからと言って、教育の自由が完全に保障されるかと言えばそうではない。「精神主義」で炎天下で水を飲ませない」なんて教育はしてはいけない。事故がおきるからだ。教師の教育信条は理解する。でも、公務員としての「公益性」もある。なのでその教師の「精神主義教育」の方針は否定されるべきだ。そして、教師の裁量権に関しては、文科省でも教育委員会でも審議して決めている。なのでその裁量権の範囲なら「教師の自主的教育方針」は尊重されるべきだ。だから「体罰」と「日の丸起立問題」は根本的に違うし、起立に同意しない教師がいたって良い。そんな所にまで「公益性」を求めたら軍国教育である。

そういうことが分からんで「やれ公人とか私人」とかになるから困るのだ。

でもって首相夫人である。「公益性の非常に高い存在」である。「夫人外交」として国家外交にも関与する。気に入らない女性がいたからと言って食事会で、相手に水ぶっかけたりしてはいかんのだ。首相夫人が仮に韓国が嫌いであっても、夫人外交は公的責務としてやってもらわんといかん。

なので、特定の私学の校長とかやってはいけない。まあ問題がある私学なら「元名誉校長」としての責任もある。たとえ「名前だけ」であっても「名誉校長」は関係者なのだ。無関係ではない。と言うか「責任をもって名前は貸せ」ってことでもある。面識やよく知らない人間に「自分の名前は勝手に使わせるな」である。そして「許可した以上は責任も取れ」である。知らずに勝手に使われたならまだしも、講演の映像も残ってるし「無関係」とは到底言えない。

そして証人喚問である。呼ばれて当然で喚問すべきだ。ちなみ証人喚問に公私の区別はない。私人でも招致できる。証人喚問で有名になったロッキード事件の「小佐野賢治」ただの実業家である。全日空社長の若狭得治、丸紅会長の檜山廣や専務の大久保利春・伊藤宏らも喚問されている。私人であっても喚問には問題はないのだ。

関与の疑惑あり、招致が相当なら呼ばれるべきだ。小生個人判断では「元名誉理事長であり、首相の配偶者と言う公益性もある。喚問されてしかるべき」と考える。「安倍晋三記念小学校」の件もあるし、どう見たって関係者である。

なのになぜ、首相夫人だけ「私人だから」と言う発言になるんでしょうかね?それは夫人を喚問されるのはバツがわるいからなんでしょーねってことなんでしょう。そうとしか思えませんが。どうですかね?

この辺で締めたいと思います。

長文を読んで下さって、ありがとうございました。

 

 

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ラムネと海軍

社会 雑談 文化 政治



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まあ森友学園について書いて見たいのだが、実は結構書きにくい。事情が複雑だし、教育方針の問題もあるし、土地の問題もあるし、政府の関与の問題もある。どの問題もちょっとやそっとでは扱えない問題で、戦前の歴史認識にともなると難しい。なので最初はその手のヘビーなのは、一応脇に置いておきたい。問題点は多いので、書けるようならいずれ書きたい。

流石に消えるとあれなので、引用だけはしておく。


引用

「猫の顔をあしらったスクールバスがかわいいし、冷凍食品や化学調味料をできるだけ使わない給食が魅力だったので入園させました。ところが、驚いたのは毎朝の朝礼で明治時代の教育勅語を朗唱すること。『大君(天皇)の足元で死のう』という歌詞の軍歌を歌わせることもありました。園が作成する『お母さん新聞』には“日本人の精神”や“武士道”といった記述ばかり。運動会の園長先生の挨拶がとにかく延々と長くて、内容は北方領土がどうとか、竹島がどうとか、尖閣諸島がどうとか。幼稚園児にわかるはずもないんですが…」

 前述の通り、森友学園理事長が幼稚園の園長を、理事長夫人が副園長を務めている。別の母親のBさんは、副園長からかけられた言葉が忘れられない。

「何か問題があると副園長が毛筆で手紙を書いて子供経由で保護者に渡すんです。あの幼稚園では決まった短い時間にしか子供をトイレに行かせません。混雑していて入れなかったり、たまたまその時に出ない子もいて、後でお漏らしをする子も多い。ウチの年少の息子がお漏らしした時でした。園の先生は放ったらかしで、息子はウンチまみれのパンツを直にカバンに入れて持ち帰りました。

 それから園では『アンモニア臭い』とか『持ち物が臭い』と言われるようになり、副園長から『お母さん、犬のにおいってくさいんですよ』『パンツが生乾きで犬臭い』との手紙が届きました。毛筆で書かれた『犬臭い』という言葉にはショックを受けました」

 園の定める独自のルールに戸惑う母親も多い。

「お茶を飲む時間も決められていて、食事中にお茶を飲んではダメという不可解なルールもあります。旧海軍がそうしていたかららしいのですが、理由はサッパリわかりません。副園長はベビーカーにも反対で、『乳母車に乗せると脳の細胞を壊す。犬や猫と同じ扱いをしないで人間として扱って下さい』という手紙をもらったことがあります。背骨が曲がるので抱っこひももダメ。特に、父親が抱っこひもをするのは見苦しいので“絶対にさせるな!”と指導されました」(Bさん)

 この幼稚園では、「よこしまな考えを持った在日外国人・支那人」と記した文書を保護者に配布するなど、人種差別的な表現も多く見られた。母親のCさんが言う。

「ある在日韓国人の母親に対し、副園長は子供に炭酸飲料を飲ませていたと叱り飛ばし、『韓国人とかは整形したり、そんなものをのんだりしますが、日本人はさせません』と書いた手紙を送りました。ショックを受けた母親が、『差別ではありませんか』と抗議の手紙を返すと、副園長は“差別はしていない”としながら、『心中、韓国人と中国人は嫌いです』との手紙を送り返していました」

※女性セブン2017年3月16日号

引用終わり。

まあ何と言うべきか、凄い教育方針である。事実確認は難しいが、事実なら「幼児虐待」と見なされる行為である。おもらしするまで我慢させるとか。膀胱炎とか考えないのだろうか?

決まった時間にしか水分を取らせないのも危険である。熱中症とか危険である。最近は温暖化で熱中症の危険性を啓蒙している。昔は運動部なのでも「水飲むな」が定番だった。今でも指導を誤って、水分不足で事故が起きる。まあ昔の精神主義的な指導法が残ってもいるからだと考えるが、それでも少しづつ改善されつつある。食事中のみなのだろうか?

詳細は不明なので何とも言えないが、小生の感覚ではそうは思えない。昭和のスポ根の精神主義を思い起こさせるからだ。普通に負担のかかるうさぎ跳びを小生はやったし。水を飲まないでマラソンをしたものだ。だから、こう言う保守的な指導は感覚で理解できる。体験しているからだ。40代以上の人なら体育会系の精神主義的な教育は大抵経験している。

旧海軍のやり方と言うも何となく分かる。海上自衛隊に手紙書いたり。そういうのが好きな教育者なのだろう。確かに軍艦はカッコいいし、水兵さんの制服も凛々しく見えるのだろう。小生もミリタリーは少々好きだったから、気持ちが手に取るように分かるのだ。その延長で、専業主婦至上主義とか、男権思想とか、乳母車を否定するのも、戦前の思想なのだろう。母乳信仰とか抱いて育てろと言う意味なのでしょうね。

まあ、母親として、賛否があるのも理解はするが、それを教育の現場で親に強制は、ダメでしょう。まあこれも同調圧力の対象にもなるわけで「母乳で育てる意識高い系母」とかになるのかもしれませんが。母乳と粉ミルクの戦争とかにならなければ良いのですがね。

化学調味料食品添加物もそうである。確かに使いすぎは問題である。でも適度に使えば安全で日持ちもする。冷凍食品だって使い方次第である。小生は昨年足を骨折した。20日程で退院したが、松葉杖である。そして一人暮らし。食事の支度ができない。でもって外食も不可能である。松葉杖なので外出が出来ないのだ。

でもって、カップラーメンと冷凍食品のお世話になった。とても便利である。週に2日ほど手伝いに来てもらって買い出しして冷凍庫に入れておく。食べる時はレンジで調理である。正直助かった。なので今でも特に美味しかった商品は買っている。

化学調味料だって便利である。最近は「無化調」と言うのが流行っているらしい。ラーメン屋が特に宣伝に使っていると言う。使うと何やら手抜きをしているように思われるからなのだろうが、ただのうま味調味料である。ちなみに、「天皇の料理番」の秋山徳蔵も実は化学調味料は否定していない。単に初期の化学調味料は匂いがきつくて、代用の域を出なかったからだと言う。今でも独特の匂いを気にする人がいるそうだ。小生は特に感じないけどね。

そして、家庭料理には拘りを持たない人で、所謂夕食の献立を聞いて「何でもいい」と言う普通の戦前の親父だったそうだ。天皇のコック長なので、さぞかし味にうるさいかと思うけど、そうでもないらしい。そもそも家庭では料理をしなかったそうだ。仕事と家庭を区別している人である。

まあ宮中の催事で使う料理と、日常の一般人の家庭料理とは違うだろってのもある。そして天皇の日常の食事もいたってシンプルだそうだ。戦前も普通に一汁三菜で質素だそうだ。

なのでなぜ、無化調にこだわって、信仰のように過剰に意識するのか?である。気持ちは理解するが、所詮これも「意識高い系」の序列意識に過ぎない。便利なのだから「適度に使えばいい」だけである。

炭酸飲料とかになるともう、何が問題なのか分からなくなる。「日本人は炭酸水飲むな」ってのはもう訳が分からん。ウイスキーを炭酸水で割って飲んだらアウトなんでしょうかね?

森友学園が海軍が好きそうなのでちょっと違った話もしよう。大抵の旧海軍の軍艦には「ラムネ製造機」ある。駆逐艦以上は搭載していた。なので水兵は好んでラムネを飲んでいた。森友学園が「海軍の教育」を好むのは良いとしても、もう少し勉強した方が良いと思うんですどね。皇室でも乳母車使ってるし、もちょっと勉強なさった方がよろしいかと思う次第である。

ちなみに海軍でラムネを作ったのも理由がある。まず、海軍である。軍艦である。船のりである。海上である。基本的に「真水が無い世界」である。なので真水は貴重品である。それは古今東西不変である。船乗りは真水の問題で苦しんだ。もちろん、海難事故になれば水が飲めずに死ぬ。自分の尿を飲んでで渇きをしのいだと言う人もいた。それで助かった人も多い。それほど真水は貴重なのである。

でも、真水は腐る。厳密には腐らないが、普通の飲料水はどうしても雑菌が繁殖するので飲めなくなる。日持ちしない。しかし、炭酸水にすると炭酸の効果で雑菌は繁殖しにくくなる。なので日持ちして遠洋航海に持っていける。だから海軍はラムネを飲んでいたわけである。二酸化炭素は消火剤として積んでいたので、作るのは容易である。まあラムネにしたのは「飲みやすい」からである。

そう言う事すら勉強してないでのか?と小生は思ってしまうのである。

まあ、コーラとか清涼飲料水の事を言ってるのだろうが、確かに飲みすぎはいけない。ちなみに炭酸水には基本的には味は無い。水と二酸化炭素だから、当然である。甘いのは砂糖(ガムシロップ)が添加されているから甘いのである。そこも間違えていけない。まあ小生は子供が少々甘い物と取るのは良いと思うけどね。まあ人口甘味料の問題もある。あれも食品添加物である。小生はどっちかと言うとカロリーオフより、味を担保するための人口添加物を気にする方である。

まあ小生は甘味はあまり好きではない。昔からそうだった。どちらかと言うと、さきいかとかが好きな子供だった。なので「こいつは酒飲みなるから気を付けろ」と親たちが話していた。なので、全ての子供は甘党になるわけでもない。

でも大抵は物事を一面でしか捉えない。カロリーを気にするあまり、その時だけ「食品添加物」の事は忘れてしまう。で別の件では「食品添加物は危険だ」と異常に気にしたりする。ちぐはぐである。じゃあなんで「カロリーを気にして、その時だけ添加物は忘れるの?」って話である。だって今飲んでる清涼飲料には大量の食品添加物が入ってるのに。

そして水道水だって問題がないわけでもない。よく「水当たり」がある。胃腸が弱い人や外国など水道水の質が悪い地域ではわりと多い。まあ東京の水道水はまずいとか言われたものだ。なので「清涼飲料水」の方が便利で安全と言うことも多い。小生は小学生のとき、ボーイスカウトの経験がある。キャンプの時は必ず麦茶だった。水は飲むなと言われた。生水は水当たりがあるからである。もちろ市販のミネラルウォータも自然水である。生水である。合う、合わないがある。

でも一面性だけで捉えるとそう言うのに付け込まれて騙される親がいるので危険なのである。個々の家庭にはそれぞれ事情がある。そして、時と場合がある。何事も状況判断が重要で、一面でだけで「炭酸は良くない」とか言ってはいけない。ましてや「日本人なら飲まない」とかもう滑稽で笑うしかない。じゃあ、尊敬している海軍軍人さんは「日本人じゃない」って事なんでしょうかね?

もちろんこれは、自分たちにも帰ってくる。知らず知らずに一面だけで判断してしまうからだ。それが、母乳信仰だったり、無化調だったりを産む。それが「意識高い系」に繋がってきて、同調圧力になったりして、騙されるのだ。

自戒を込めて気を付けたいものである。

この辺で締めたいと思います。

長文を読んで下さって、ありがとうございます。

 

 

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堀北真希と石田三成

歴史 雑談 芸能

 

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このツイッターが炎上だと言う。

まあ、堀北真希の引退と「真田丸」で石田三成を演じた山本耕史のとばっちりと言うかネタなのだろうが、山本耕史なら「新選組」の土方歳三もやり玉にしないとかわいそうじゃないかとも思うんですけど。同じ大河ドラマだし、三谷作品だし、ネタにもされない土方さんはどうなんでしょうか?

でもってこのネタで石田三成ついて書いて見たいと思う。

まあ、関ケ原で負けたので有名な戦国武将である。「戦下手」と言われ、あまり評価は高くない。最近では少しづつ再評価の動きもあり、滋賀県も「石田三成のCM」とかやっているそうだ。まあ今年の大河は「女城主直虎」である。滋賀県彦根城は井伊家で築城は井伊直継、直虎の孫にあたる。ちなみに徳川四天王の「井伊直政」は直虎の養子で直継の父である。そしてひこにゃんの「招き猫」の逸話は直継の後に城主となった弟(直政の次男)の直孝の逸話である。まあこっちの方が人気があるようだ。おなじ滋賀県関ケ原の後三成が統治していた佐和山城に入ったのも井伊直政でもある。地元では西軍と東軍、どっちを押すのでしょうかね?

でもって、三成の生い立ちは近江の商家の生まれだと言う。秀吉に接待というか、お茶の出し方を誉めれられて仕官できたと言われてる。商人の生まれなので、計算が得意で兵站管理で頭角を表して出世した。武士は軍人である。鉄砲玉のように敵陣に乗り込んで暴れまわる猛者は幾らでもいるが、兵站を扱う数字と計算に長けた人物はすくない。「武士の家計簿」と言う映画でも、勘定型の猪山成之は幕府軍として参戦して新政府軍の捕虜になるが、その兵站管理能力を買われて、新政府では海軍の主計官になった。三成もそう言う貴重な存在でもあった。

今で言う「財務と経理のプロ」である。なので太閤検地も彼が仕切ったと言う。本社勤務で秀吉の側近で、まあ「秘書室長」や「監査部長」もやっている。まあ検地そのものが「国税調査で査察」でもあるのでそう言うことも、三成の役目でもあった。

そして、大抵の現場で監査は嫌われる。痛くもない腹を探られるからだ。そして経理も好かれない。領収書もっていっても、なかなか必要経費にしてくれなかったりする。まあそれをきっちり管理するが経理や財務で「経費節減」と何かとうるさい。仕事なのでわかるが、現場には「現場の事情」ってのもある。だから好かれないのである。

三成はそう言う現場肌の武将と折り合いが悪かったと言われてる。所謂加藤清正福島正則である。根っからの軍人で現場叩き上げの秀吉の子飼である。そりが合わない。でも同じ秀吉の子飼の派閥でも小西行長あたりとは馬が合う。小西も商人の息子で、朝鮮人参を扱っていたと言う。なので同じ子飼でも経理に明るい。朝鮮の事情にも詳しいので朝鮮出兵では先鋒をやったり、現地で停戦交渉もしている。もちろん中途採用組である。宇喜多秀家も岡山の出身で中途採用組。例外は黒田長政くらいだろうか?

そして、清正ら「尾張組」である。秀吉が侍大将だった頃からの子飼である。三成や行長は秀吉が長浜城主になってからの採用組である。同郷意識が違うのである。墨俣一夜城の社畜自慢とかされても、三成らにはピンとこない。そう言う違いがあるのだ。

もちろん三成以前も経理担当はいた。秀吉の弟の秀長が有名である。秀吉がまだ、組頭とかしてた頃からの経理である。そして秀長の死の後、三成が経理を仕切るようにもなってくるのである。その頃から三成の評判が悪くなる。利休の切腹や秀次事件など、何かつけて三成のせいにされるのである。

まあこれは秀吉政権の肥大化による弊害も大きい。つまりベンチャー企業だった頃の尾張の秀吉と一部上場に上り詰めた関白秀吉では規模が違いすぎる。もう同じやり方では通用しない。秀長は明らかに「中小企業の経理担当」だった。あまり規則にこだわらない。現場の無理な資金要求にも結構応えた。不透明な支出も許していた「現場優先」をモットーとした経理である。だから利休のような怪しげな人物とも付き合っていたのである。まあ大なり小なり急成長する企業にはそう言う「ブラック」な部分がある。経理や監査として「それを見て見ぬふり」を秀長はしてきたのだ。

実際、利休と秀長の癒着関係は深い。大友宗麟が秀吉政権に臣従したさい、「公は秀長、内々は利休」との手紙が残っている。利休は明らかに秀吉政権のフィクサーである。公に出来ない裏交渉を利休はしていたのだ。

でも、一部上場になった秀吉政権ではそのような体制では通用しない。経理を透明化して、コンプライアンスも順守しなければならない。そうしないと組織が腐敗してしまうからだ。三成は新任の経理担当として、その膿を出そうした。なので反発や抵抗にあったのである。明らかに怪しい利休を排除したのも、秀次事件も法治主義を前提としたコンプライアンスを重視した結果である。謀反の計画は不透明だか、秀次派閥があった事は事実であろう。鷹狩と称して派閥の集会を開いていた。政治家が「研究会」と称して新党立ち上げの準備をするのと一緒だ。造反行為と取られても致し方ない所もある。

三成はそう言う損な立場でもあった。それが秀吉の死後一気に噴出して分裂して関ケ原になっていくのである。人望がなかったってのも、結構当たってる気がする。「正しいけど虫が好かない」と言うことはよくあることだ。

ちなみに関ケ原に関しては別にちょっと書いた。読んでもらえれば幸いである。

 

 

dekunobou1025.hatenablog.com


三成に関する個人的な感想は、確かに能力はあったが、潔癖すぎるきらいがある。理が強く、情が薄い。そして繊細で慎重。所謂「几帳面」と言われる性格である。口約束でなく、必ず書面に残す事を要求するタイプだ。だから細かい事に良く気付くので、経理に向いているとも言えるけど。でも柔軟さに欠けて、冒険が出来ないの人なのである。

この辺で締めたいと思います。

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梅と桜

文化 雑談 歴史

まあ3月は春なので、春の小ネタでも書こうかと思う。

3月である。春である。早い所では梅が咲く頃で、その後は桜である。たまには季節感のある事も書こうかと思う。

でもって、戦国の城にも植えられる木々がある、それは「松、竹、梅」と言ってよく植えられたと言う。桜はめったに植える事がない。それにも訳があると言う。

城は城郭で、当然籠城する。なので「その時に役に立つ植物」を植えるのだ。見た目では無い。質実剛健で目的のために植えるのである。

まず、松である。これは「松の実」が食料になる。そして松脂がとれる。油で、いろいろな用途に使える。汚れ落としや松明にもなる。

竹は、筍もあるが、これは季節もので時期を外すと取れない。でも竹は使いでがある。まず柵などの補修に使える。竹やりにすれば応急の武器にもなる。また「竹束」と言って鉄砲の弾除けにも使われた。

梅はなんと言っても梅の実がある。梅干しである。薬ともなるし、食欲増進にもなる。なのでよく重宝された。塩分も補給できる。固い干した飯が、梅干しがあればなんとか食べられるのだ。なので戦の時は必ず梅干しは携帯した。

しかし桜はこれといって使い道がない。たしかに花は綺麗だがそれだけである。戦の役に立たない。だから植えないのである。

ちなみに現代の桜で有名なのは「ソメイヨシノ」で、これは江戸期に流行った品種である。なので戦国期にはない。そのころは八重桜が主流で、開化はソメイヨシノよりちょっと早い。そして江戸の花見は「ソメイヨシノ」である。全国に広まったのは明治に入ってからと言う。なので和歌に詠まれるのは「八重桜」であって「ソメイヨシノ」ではない。

3月は桃の節句の季節でもある。桃は日本では古来から縁のある植物である。桃太郎もそうだけど古事記にも「桃」が登場する。イザナギが死んだイザナミを連れ戻そうして黄泉の国に行って、そこから逃げる時に、敵に投げつけたのが「桃の実」である。ちなみに中国でも「三国志」の「桃園の誓い」など桃が出てくる。

中国には陰陽五行と言う思想がある。五行は置いておいて「陰陽」は「光と影」である。単純に言えば「二項対立」で「プラスとマイナス、男と女、昼と夜、生と死」など物事を二つに分けて考える思想である。「金か愛か」なんてのも「二項対立」である。

よく星を付けてくれる方のブログの記事を解説に使いたいと思う。


www.mannerstyle.jp


陰陽思想に関しては、ここを読んでもらうとして、五節句についてある。何事にも陰と陽があると言う思想が陰陽思想である。そして「数字」にも「陰」と「陽」がある。まあ何でも二項対立させないといけないので、数字のようなものも陰陽に分ける。そして、どちらも必要と考えるのが「陰陽」である。光があるから影があるので、どっちも必要で、欠けてはいけない。役割が違うだけである。

でもって、偶数が「陰」奇数が「陽」と言う事になっている。「陽」なので「おめでたい数字」とか言って「好まれる数字」らしい。そして「陽」が重なる日に節句をする。1月1日元旦(現在は1月7日に節句)。3月3日ひな祭り。5月5日は端午の節句。7月7日は七夕。9月9日は重陽節句。栗とか菊の節句と言う。

逆に葬式などでは「陰」の数字を使う。香典に2万円とか4千円とか、祝儀は3万とか「陽」である。最近は気にしない方も多いが、昔は結構気にした。現在もマナーとして数字を気にする人も多い。敢えて「5千円でなく4千円」にしたりすることがある。小生は簡単だから「陰陽」は気にしないで、一律5千円とか1万円にしてしまうが。つまり「不幸な時は陰数」で「めでたい時は陽数」を使うのである。

そして3月は入学など何かと祝儀を出す機会もあるだろう。そんな時の役に立つかもしれないと豆知識でもありました。

この辺で締めたいと思います。

長文を読んで下さって、ありがとうございました。

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AIの方が良い場合

社会 雑談 その他

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何やら企業面接をAIですると言う話である。

個人的には面白い試みだし、有益なことだと思う。面接と聞くと「人間的な感覚」でそれを機械で測定となると違和感を持つのだろうが、現状ではAIは測定だけやって結果を人間が「あくまで参考資料にする」らしい。

時に「取り調べ」と言うのがある。犯罪捜査で警察がよくやる事だ。まああれも、面接と似たような概念である。相手を呼びつけて、尋問する。そして判定するのである。単に判定基準が「この会社にとって価値がある人材か?」が面接で「犯罪者か?」が取り調べの違いである。そして形式は尋問なのでたいした違いは無い。

なので小生はこういうシステムを「警察の取り調べに応用できる」と考えるのだ。従来は逮捕した人物を警察官が尋問する。それをAIのやらせようと言うわけである。

利点は「捜査官が先入観を持たずに尋問できる」点である。AIは機械である。機械には感情もないし、先入観もない。だからフラットに情報を解釈できる。それが大きい。

これが人間だと、そうはいかない。大抵逮捕した捜査官が尋問する。その時点で既に「犯人である」と言う先入観のもとで尋問する。だから「自白しろ」となるのである。そして捜査官にも間違いはある。でも人間なのでそれは認めたくない。評価も下がるし、何より恥である。だから無実の人の「やってない」と言う言葉を「嘘だ」と決めつけるのである。そして、自白させるために更なる拷問をすることになる。

真実を確認をするための尋問ではなく、嘘であっても「犯人である」と自白させるための尋問になるのである。それは人間には先入観と言うがあるから起きることで、それは無くす事はできない。

だから面接や尋問はAIの方が優れているのである。

ちなみに、似たような話で「うそ発見器」と言う研究がある。機械が嘘を見破ると言うとなにやら管理社会っぽくって非人道的な感じを受ける。小生もそんな事を思っていた時期もある。機械が人間の嘘を見抜くとか、なにやら「人権無視」のイメージがあった。でもそれは間違いである。

何かの番組でその研究者の話があって、上記の「人間の先入観による冤罪」の話を聞いた。人間は「都合の悪い真実」より「都合の良い嘘」を好むのだ。だから冤罪は無くならない。そもそも「犯人だと断定してる」から逮捕するのであって、その捜査官にも信念がある、その時点で「尋問には適さない」とその研究者は言っていた。その通りである。犯人である材料になる話しか信用しなくなるからだ。そして調書をつくるのだから、冤罪になっても不思議ではない。

もちろん、そこには、人種や肌の色と言った「差別による偏見や先入観」もあるし、戦場での「捕虜や敵国人」と言う感情も左右する。そう言った状況下で、正しく尋問され、人権が保障されたためしがない。人間の方がずっと非人道的で不当な尋問をするのだ。

そして、基本的には会話として成立しない。そもそも根本的に主張が違うのだ。いくら容疑者が無実を訴えても捜査官は自白を強要する。そして容疑者が無実を言えば言うほど、それは捜査官の誤りを指摘することになる。そんなの受け入れられっこない。だから拷問して自白させようとする。会話として成立しないのだ。

なのでそこには「第三者の視点が必要だ」とその研究者は言っていた。少なくとも取り調べは捜査官では無く、別の人物がすべきであると。そうすればいくらかは緩和できる。一応他人になので、利害を持たずに尋問できる。それだけでも違うと言っていた。そもそも「取り調べ」になっていない。犯人にするための「証拠集め」に過ぎなくなってしまう。それでは取り調べで真実は見つけられない。だって、真実だろうと嘘だろうと関係ない。先入観で捕まえた人物が「犯人である」とできれば良いのだから。

もちろん、最終的に「嘘を証明すれば冤罪は減る」考えて「第三者の視点としてのうそ発見器」の研究をしてると言っていた。客観的な視点で嘘と言う証明ができれば、それだけ真実に近づくからだ。仮に証言が嘘だと証明できれば、その証言は証拠にしなければいい。なので、仮にうそ発見器で、拷問で「やりました」と言った証言が嘘だと証明できれば、冤罪はかなり減るのである。

なので小生は「取り調べ」とか「尋問」はAIにやらせた方が良いと考えるのである。

この辺で締めたいと思います。

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