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筒井康隆の教育勅語


慰安婦像で炎上した筒井康隆である。

dekunobou1025.hatenablog.com


先日、その筒井康隆の「偽文士目碌」に教育勅語について書いてあったので紹介しておこう。

笑犬楼大通り 偽文士日碌


詳細は読めば分かるであろうが「朕思うに屁を垂れて、汝臣民臭かろう」と言うのは筒井康隆のパロディではない。掲載された「狂気の沙汰も金次第」は私も所有している。私が持っているのは新潮社版の文庫であるが、その中の「勅語」と言う項目のエッセイである。

このエッセイは「夕刊フジ」に連載されたエッセイをまとめたものだ。全集にも入っている。なので読もうと思えば図書館などに蔵書されているケーズもある。書いてあるように、このパロディは戦前のもっと前からある。色々なバージョンがあり、そのあとに「国家の為なら我慢せよ」とか「鼻を摘んで御名御璽」などがある。当時から
教育勅語は揶揄される対象だったのだ。それをありがたがる安部政権は滑稽である。

その教育勅語を引っ張り出すのは、いかにも時代錯誤を思わせるのだが。

もちろんこれを筒井康隆は知った上で自己流に作った訳である。でもちょっと泥臭い感じが当時もした。当時は私も若く「教育勅語」とか言われてもピンと来ない世代である。

当時の私はパロディとしてこっちが面白かった。「乱調文学大辞典」の「宮沢賢治」の項目である。「雨ニモマケズ」のパロディである。

引用

みやざわ‐けんじ宮沢賢治】 批評家ニモマケズ 老大家ニモマケズ 編集者ニモばーノ勘定ニモマケヌ 図太イ神経ヲモチ 金ハアリ 決シテイカラズ イツモ鼻デワラッテイル 一日ニういすきー四合ト かずのこト少シノ飯ヲタベ 東ニ死ンダ作家ガイレバ 葬式ニイッテ故人ノ悪口ヲイイ 西ニ発狂シタヤツガ出レバ トンデイッテ馬鹿ニシ 南ニ受賞者ガアレバ イッテコワガラナクテモイイトイイ 北ニすきーデ足を折ッタヤツガ出レバ ソノ真似ヲシテ並ンデアルキ ジシンノトキハオモシロガリ カジノトキハケンブツニイキ ミンナカラサワラヌ神ニタタリナシトイワレ イソガシクナク ヒマデモナイ ソウイウ作家ニナレバ 一人前デアル

引用終わり。

こんな作家なので、いまさらである。これも初期の頃の作品である。なので筒井康隆の問題発言は今に始まった事ではない。散々「不謹慎」とか「下品」と言われた。抗議も日常茶飯事で炎上もいつもの事だったのである。なので、抗議する方も擁護する方も、筒井康隆は「サワラヌ神二タタリナシ」くらいで付き合っていた方がいい。

上記の筒井康隆の日記にも書いてあるが、よく右翼が抗議しなかったものだ。「夕刊フジ」である。産経新聞の夕刊紙だ。産経新聞と言えば、あの右の方の好きな新聞社である。その夕刊紙に教育勅語は揶揄したエッセイを書いて、よくまあボツにならなかったと思う次第である。当時の私は「夕刊フジ」なんか知らなかったし、読んでもいなかったけど。もちろん今も読んだことが無い。でもフジサンケイグループを見ればね。「新しい歴史教科書」に関わっていたからね。

でもって、この件であるが。確かに筒井康隆のパロディではないが、こんな私でも「屁を垂れて」は当時から知っていた。別に調べた訳でもない。それには理由がある。

この筒井康隆のパロディは私は失念していた。でも「狂気の沙汰も金次第」の内容ははこれだけはない。この説明には「山藤章二の挿絵」が抜けているのだ。

これは「夕刊フジ」の連載である。そして、エッセイには必ず「山藤章二の挿絵」付く。そしてその「勅語」の回にその「屁を垂れて」の文面が乗っているのだ。なので覚えている。夕刊紙で一コママンガ風の挿絵である。山藤章二なので、捻った挿絵を描いてくる。それも面白い。そして、筒井康隆のエッセイのネタで挿絵を書いていたらしい。なので筒井康隆の原稿が来ないと書き始めないらしく、原稿が詰まると大変だったみたいだ。そんなこともこのエッセイに書いてある。

なのでその「勅語」の回に捻った山藤章二の挿絵が入っていた訳である。なので書いたのは「山藤章二」である。もちろん誰でも知っているので書いたのだろう。それを「筒井康隆が書いた」と勘違いしている訳である。確かに筒井康隆の言っている事も正しいけど、エッセイの挿絵なんだから、関係もなくはない。

小ネタも挟んで書いてみました。

この辺で締めたいと思います。

長文を読んで下さって、ありがとうございます。

 

 

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