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マクロンと年の差婚

 

www.huffingtonpost.jp

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フランスの大統領選挙でマクロンが当選した。何やらフランスのお菓子みたいな名前である。対して負けたのは極右政党のルペンである。こっちは浮浪者みたいな名前である。まあたいした意図はない。ただの戯言である。

でもってそのマクロン大統領の夫人が24歳年上であるらしい。普通に考えると「母親」って感じの年の差であるが、それが話題になっている。報道によると高校時代の恩師らしい。そうなるとであったのは15~18才くらいだろうから、相手の女性は40歳前後。アラフォー熟女って感じである。

男性が年上の女性を好きになるのは、大抵根底にはマザコンがある。もちろん変な意味ではなく、そう言うものなのだ。昔伊丹十三の「あげまん」と言う映画があった。男を出世させる女性という意味らしい。そこで伊丹十三は「あげまんとは菩薩である」と語っていた。観音菩薩と母性を重ねる研究は多い。

その考察でみるなら、ドイツのメルケル首相は「ドイツの肝っ玉かあさん」である。実際にそんな事も論評もある。つまり、メルケルはドイツの母で、国民は我が子ってことなのかな?

これに限らず年の差婚と言うのはある。野球選手のペタジーニの夫人も25歳年上と言う話である。相手は友人の母親と言うのも驚きである。ネタ的にはエロ漫画の設定って感じである。もちろん血縁関係はないから結婚は可能であるが、大抵は、ちょっと考える。友達の母親ですからなあ。友人のお姉さんとか妹とか魅力に感じたりはするものだが、それでも気にする。恋愛関係だと躊躇するものだ。それが母親である。

「鬼嫁」ってのも母子関係である。愚図な息子を叱っている母親である。あれはどう見ても躾である。あれを夫婦と見るからおかしく見えるのである。母子とみれば全然不自然ではない。「鬼嫁」は妻ではない。「母親の代わり」である。だから反抗できないのである。そして「鬼嫁」は大抵「姉さん女房」つまり年上の女性である。つまり、そう言う意味である。「母親の代わり」を男性は求めているのだ。

逆に男性が年上と言うのもある。それは父性でファザコンである。大抵の父親は娘には甘い。そして娘も父親を「頼れる男性」と思うものである。その延長である。加藤茶も年の差で話題になった。男性から見たら「畳と奥さんは若い方がいい」なんてのもあるけど。女性の方は完全にファザコンである。父親に守られたいと言う願望がある。大なり小なり女性は包容力のある男性を好むもので、それは「包容力=父性」である。

ちなみに戦国武将もマザコンは多い。父親や息子はよく粛清されるが、母親はまずない。伊達政宗は母親を実家に追放するが、晩年実家が改易なったあと引き取って暮らしている。政宗も暗殺を画策した弟はもちろん斬首である。織田信長も弟を暗殺するが、それを謀反を画策した母親は粛清できなかった。男は生まれた時から母親には一生頭が上がらないのである。

そうした関係性をフロイト心理学では「エディプスコンプレックス」と言う。父を殺して母親と結婚したギリシャ神話の「オイディプース王」から来た概念である。戦国武将もこの概念で考察すると見えてくるものもある。「下剋上」は多分にエディプスコンプレックスの「父殺し」が投影されている。我が子に謀反されるのはこれである。息子が父を殺すのである。それは「父を越えたい」と言う願望があるからである。なので男は大抵父親を否定する。「親父みたいにはなりたくない」と思うものである。直接的ではないが「父殺し」なのである。

そして父親が偉大であればあるほど、コンプレックスは強くなる。越えられないからだ。そして対立する。男は父親とは権力闘争をする生き物なのだ。猿山ではないけどね。

もちろん神話なのでその後の物語の原型にも投影されているし、「エヴァ」や「美味しんぼ」のような「そのまま親子関係に投影されている」作品もある。

年上の女性や男性から異性関係もあるけど、それは別の機会に書きたいと思う。

この辺で締めたいと思います。

長文を読んでくださってありがとうございました。

 

 

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