伊58と潜水艦

headlines.yahoo.co.jp

headlines.yahoo.co.jp

 


佐世保沖に沈めた旧日本軍の潜水艦の調査の件である。やってる事は単なる海洋調査なので探査機器を海中に入れての調査である。取り立ててどうと言う調査ではない。沈没船の調査と同じである。沈没船など「埋蔵金」とか宝探しもあったりして、そちらは夢のある話だ。

今回の船は、敗戦後の武装解除で沈められたものだ。戦争で沈んだものではない。連合軍が接収して沈めたものだ。そうした軍艦は結構ある。戦艦長門が「水爆実験のテストに使われた」のは有名な話だ。それ以外にも敗戦時に戦艦はまだ残っているが、動かす石油がもうなかった。「浮き砲台」として残っていたのである。そうした軍艦は連合軍が分割して接収して処分した。その一環として佐世保沖に沈めたのである。

でもって潜水艦である。その名の通り「潜る船」である。第一次世界大戦でドイツが実用化したのが最初である。ドイツの「Uボート」と言うのはその頃からの名称だ。日本の潜水艦もドイツの技術である。戦時中は「伊号と呂号と波号」の三種類の潜水艦を使用した。大きさの違いで分類した。伊号は1500トンから2000トン、呂号は大体1000トン、波号は500トン前後である。重さは排水量だ。単に「いろはにほへと」の「いろは」である。その後に型番が付くだけた。艦名はない。

潜ると言っても簡単ではない。まず重要なのが「水圧」だ。10メートル潜ると1気圧分の水圧がかかる。1平方センチに1キロの圧力がかかる。ダイバーウォッチなど「10気圧防水」とかある。つまり「水深100mでも大丈夫」と言う意味だ。もちろん深く潜ればそれだけ水圧も高い。なので潜水艦も「安全深度」がある。それ以上潜ると船体が水圧で潰れてしまうのだ。映画「Uボード」などそうした恐怖シーンが売りだったりする。水圧で潰れるかもしれない恐怖だ。船体が水圧できしむ。その音が怖い。深海調査も水圧との闘いである。

当時の潜水艦は「潜水」と書いてあるが「可潜」である。あくまで「潜水することが出来る」に過ぎない。なので日常の航行は浮上して行う。通常は普通の船のように酸素を使って航行する。敵に見つかりそうな時だけ潜るのだ。なのでずっと潜っていると艦内の酸素が無くなる。それも映画では特徴的に描かれる事が多い。水中では充電していたバッテリーが頼みでモーターで航行する。充電するために浮上航行もしないといけない。現在では原子力潜水艦があるが、それは「酸素を消費しない」と言う利点も大きい。浮上せずに済むのだ。なので当時の潜水艦は浮上航行に適した船の形をしているが、現在では独特な丸い船体だ。水中での水の抵抗を考慮している。なので逆に浮上中の動きが鈍い。

潜水艦の主な任務は哨戒と通商破壊である。敵の制圧下での偵察だ。日本の真珠湾攻撃もハワイ近海に潜水艦で哨戒して、アメリカ艦隊の動向を偵察している。湾から出てくる軍艦が知りたいからだ。アメリカ軍の戦艦が真珠湾に停泊していないと空襲しても意味が無い。それが知りたいのだ。

通商破壊はその名の通り、輸送船団を潜水艦で襲撃することだ。潜水艦は軍艦とまともにやりあったら、まず勝てない。当時の潜水艦は速力も水上で20ノットもでれば上等だ。水中は5ノットとかである。とても軍艦には追い付けない。でも輸送船などの商船なのでは別だ。商船で20ノットは高速である。大抵は10~15ノットだ。そして護衛されていない商船を浮上して攻撃するのだ。当時の潜水艦は大砲も装備されている。輸送船団を攻撃するためだ。

今回調査している伊58は重巡「インディペンデンス」を撃沈したが、こうした事は稀である。軍艦の方が強いのだ。こうした特殊な使い方を好むのが日本海軍だ。それは日露戦争の戦訓の影響が大きい。

日露戦争日本海軍には「日本海海戦」と言う成功体験がある。艦隊決戦で講和が有利になった。「艦隊決戦で講和を有利にする」と言う構想が日米決戦の構想である。「アメリカの艦隊と決戦して勝つ」が海軍の構想だ。通商破壊ではなく「艦隊決戦で勝つための補助兵力」として潜水艦を開発した。構想が違うので頓珍漢が恐竜進化するのが日本の潜水艦である。その点をしらないと「伊400型」と言った兵器は語れない。潜水空母である。

当時は大鑑巨砲である。戦艦が重視された。もちろん日本に限らない。だから海軍軍縮条約で戦艦の保有を制限したのだ。そして戦艦の数はアメリカより少ない。日露戦争でもロシアより日本の戦艦の方が数は少なかった。だからバルチック艦隊が旅順で合流する前に旅順の艦隊を壊滅させたかった。それほど当時は戦艦は重要な戦力である。艦隊決戦の前にアメリカの戦艦の数は少しでも減らしたい。

地政学的にアメリカ海軍との決戦となるとまずハワイである。だから真珠湾を開戦と同時に攻撃したかった。そして第二がフィリピンである。アメリカの植民地だ。解任されたマッカーサーも当時はフィリピン軍の軍事顧問だ。あの印象のある帽子は米国陸軍のものではない。フィリピンの大統領から赴任した時に貰った帽子である。第三はオーストラリアだけどこれは英国である。なのでフィリピンとハワイで想定される決戦はサイパンやグァムである。戦時中は日本の委任統治領もあったのでそこでの戦闘を想定した。その決戦の前に潜水艦や飛行機で戦艦を攻撃して数を減らしたい。この作戦を「漸減邀撃作戦」と言う。アメリカはハワイからフィリピンを救援に来るから、その間のサイパンで決戦しようと言う構想である。サイパンに飛行場を作って、潜水艦で攻撃しようという構想だ。刺し違えてもいい。戦艦が減ればいい。こっちは補助兵力である。そうした構想は駆逐艦などほかの兵器も同様だ。艦隊決戦で勝てればいい。他の装備は無駄だと削ったのだ。そうして日本海軍の珍妙な装備体系が出来上がる。

そもそも海軍は航路の安全を確保するために存在している。海賊などから商船を守るための発足した。日々の哨戒任務と船団護衛が最重要の課題だ。そもそも艦隊決戦など稀にしか起こらない。通商破壊と海上封鎖が目的で、その「制海権」と確保するのが海軍だからだ。なので敵の制圧下でも隠密行動で通商破壊が出来る潜水艦が重要なのだ。

第二次世界大戦Uボートが猛威を振るい始めると当然英国は船団護衛に力を入れた。対潜装備を充実させた。もちろん一次大戦の教訓もあるから、早くから研究していたけどね。一次大戦でも商船は沈めれて、それで「鈴木商店」が躍進したと言う話もある。英国からの商船建造で大儲けした。なので潜水艦対策も出来ていたのだ。

ちなみに水中ではレーダーは使えない。それは水は電波を反射して通さないからだ。しかし音は伝わる。なので基本は「水中の音を聞く」のである。潜水艦から出る音で判断する。スクリューの音なとで判断するのだ。以前東芝のココム違反で国際事件に発展したのも「潜水艦のスクリューの技術」だと言われている。東芝の技術だと音が静かになるらしい。当然発見しずらいので軍事機密である。それがソ連に流出した。外交問題にも発展した。潜水艦にとって「音」はそれほどまでに重要な要素である。

ドイツの潜水艦はその技術も高く静かだったそうだ。日本軍の潜水艦はうるさくて「ドラムを叩いている」とバカにされた。音ですぐバレてしまう。兵器と言うのは表面的なスペックではない。そう言う所が重要なのだ。バレてしまえば潜っている意味が無い。爆雷を落とされるからだ。もしくは逃げればいい。水中ではスピードが出ない。簡単に振り切れるのだ。

そして日本の対潜装備はお粗末だった。そもそも船団護衛の発想がない。決戦に勝つ装備だからね。これは駆逐艦なども同様だ。日本の駆逐艦は「艦隊決戦での水雷艇」である。魚雷は大量に装備したが、爆雷などはほとんど装備しない。潜水艦を探す水中聴音機もお粗末だ。艦隊決戦には必要ないからである。あるかどうかも分からない決戦を重視するあまり、日々の哨戒装備を削ったのが旧日本海軍である。

でもってアメリカの潜水艦は通商破壊で猛威を振るった。そもそも護衛と言う発想も無く、装備劣悪な旧日本海軍ではなす術がない。ガンガン沈められた。開戦前は「インドネシアの油田から石油は手に入る」と開戦したが。結果は通商破壊で運ぶタンカーが沈められたのだ。終戦時にはタンカーすらなかったけどね。遠洋航海に仕える大型タンカーはあらかた沈めれてしまったからだ。如何に旧海軍の艦隊決戦至上主義が荒唐無稽だったか良く分かる事例である。通商破壊戦で既に負けているのだ。もちろん第二次世界大戦後、戦艦と言う兵器は消えていく。船団護衛には必要ないからだ。装備も対潜や弾道ミサイル防衛など多角的な装備が必要になった。現代では戦艦や大砲は要らない。海上テロや海賊対策である。それが本来の海軍の任務なんだけどね。

日本の潜水艦の発展を見るにつけ、そうした「艦隊決戦至上主義」の悪癖を思い出す私である。決戦、決戦と護衛を無視して、結果通商破壊で被害にあった商船は数知れない。兵隊だって戦死ならまだしも、海上輸送中に潜水艦に撃沈されたとか数知れずだ。まともに護衛すらできない旧日本海軍である。そもそも研究も装備もして来なかったからだ。

よくミリオタが「太平洋戦争は空母作れば勝てた」とかあるけど、そんなのはアホの極みである。それでは発想が「艦隊決戦至上主義」と変わらない。一見派手な海戦やスペックばかりに注目するミリオタだが、実はそう言う所に本質がある。

いろいろ書きたい事もあるけど、この辺で締めたいと思います。

長文を読んで下さってありがとうございました。

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村