国替えと落下傘候補

 

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衆議院議員選挙が公示された。これによって22日の投票日に向けた選挙戦がスタートした訳だが、選挙にもいろいろ戦略や戦術がある。今回は「三都物語」とか野党共闘が話題である。

小選挙区制度になって、当選者は得票一位のみ当選なので、候補者が乱立すると野党は不利である。2人なら過半数を得票しないと当選しないが、4人の立候補者が居れば4分の1の得票でも当選の可能性がある。票が割れるからだ。なので野党は候補者を一本化せざるえない。自民党の支持率が3割でも野党が独自に候補を乱立すれば当選できる。なので「二大政党」になるのだ。これが中選挙区制との違いである。

そしてどうしても候補者は一本化しないと当選しない。当選者は常に一人なのだ。だから自民党でも公認候補は一本化する。連立している公明党と調整だ。当然公明党の地盤の強い関西圏は公明党の候補者を自民党が支援する。自民党は公認候補を出さない。もちろん票が割れるからである。

そうした話になると必ず出てくるのが「国替え」である。これは選挙区を移動して立候補することだ。政治家も基本的には慣れ親しんだ地元で立候補したい。地縁もある。知り合いに支援者も多い。これを「地盤」と言われる。組織票だ。なので基本的に現職議員は国替えを嫌がる。議員の時に支援者のために働いてきたのだ。国から公共工事や施設を誘致したり、補助金を取ってきたりした。だから支援者がついてきて組織票になる訳である。それを縁もゆかりもない選挙区から立候補ではなんの支援も受けられない。知名度もないのだ。党の看板と政策だけで勝負をしないといけない。

もちろん党の支援者も初顔合わせである。党から「公認」となっているが、それまでは会ってもいない人を応援しろと言われても一体感がない。関西に行って「納豆食うのが嫌」とか「タイガースファンじゃないから支援しない」とかあっても不味い。選挙なのでそうした印象も大きい。これは政治家に限らず転勤などでもあるけどね。「地元にうけいれられるか?」は大きい。だから国替えは怖いのだ。

戦国時代にも「国替え」はあった。三河出身の家康が関東に行ったのは有名な国替えである。それ以外にも色々ある。越後の上杉が会津に行ったとか、米沢にいた伊達政宗も仙台である。国替えである。

戦国時代の国替えにも意味がある。大きいのは「地縁を切る」事である。占領したあらたな地を統治するために家臣を送り込むのだ。店舗拡大でそれまではチーフだったけど昇格して新店舗の店長になると言った具合である。大抵出世のパターンはこれだ。信長も領国が増えたから「見どころある部将」を城主とか大名にして任せた。チーフから店長にするようなものである。そうして新店舗の任されて、顧客を増やすために努力する。戦国大名も同じだ。

なので、せっかく育てた領国から異動なると大名でなくても死活問題にもなる。今までの努力が振り出しである。あらたな地で一から顧客を開拓しないといけない。つらい地味な仕事だ。だから国替えは嫌がる。

そして主従関係と言っても色々ある。直臣もいれば外様もいる。外様と言うのは「フランチャイズ」のようなものだ。すべて直営店舗ではない。提携はしているけど経営は無関係だ。これが外様である。コンビニも買収などで系列は変わっても店長は変わらない。看板が変わっただけだ。地方のスーパーなんかでも割とある。これが外様だ。

こういう店舗は大手の系列であっても独自色がある。地元に根付いているのだ。単にフランチャイズになっているだけだからね。他の大手チェーンに乗り換える事もできる。コジマだったけど、ヤマダ電機に変わったとかそれである。直営店ではないからね。どの系列につくかはその店舗の経営者の判断だ。

政治家も同じである。地元の支援者が強固なら、党の支援などいらない。無所属でも当選できる。だから民進党の大物は無所属なのだ。小沢一郎みたいに新党立ち上げても当選できる。岩手は「小沢王国」なんて言われているからね。だから自民党を離党しても平気なのだ。

そして戦国時代もそう言う離合集散が根底にある。だから土着の豪族とその上に乗っかる大名である。だから土着の豪族が離反したらどうにもならない。織田から毛利についたり、武田についたり、今川についたり。強くて勢いのある戦国大名につくのだ。秀吉も中国攻めの時に苦労している。播磨の豪族がこぞって毛利に寝返って危機もあった。そう言う時に頼みの綱は信長の援軍である。柴田勝家だって上杉謙信が侵攻してきた時は信長オールスターで援軍した。信長も来る予定だったが、松永久秀が謀反したり、秀吉が離脱したりして手取川で負けるけど。秀吉も勝家も地縁があるわけではないので、こういう時は信長の織田軍が頼りである。党の看板だけなので、あとは人気や知名度のある政治家が遊説して支援である。

そう言う立候補を「落下傘候補」と言う。地縁の無い土地に党のイメージだけで立候補する事だ。そして大物議員や知名度のある議員が遊説に入って選挙戦だ。まあ小泉進次郎が来ただけで聴衆は集まるからね。秀吉も本拠は近江の長浜だが、単身で播磨に乗り込んだ。落下傘である。こう言う立候補だと知名度が命だから、タレントが立候補して送り込まれる事が多い。マスコミで知名度は抜群だからね。

この手の議員は党の方針には逆らえない。政党の支援あっての当選なのだ。地元の支援者が強固ではないからね。なので「根切り」が重要なのだ。常に党に忠誠させるためには地元組織が強すぎてもいけない。戦国大名同じである。国替えして地縁を断つのだ。そうすれば謀反も起こせない。あくまで主家からの預かりものとしておかなければならない。だから中央集権化と進めた信長や秀吉は国替えを頻繁におこなった。従来の地縁と切り離すためだ。家康も三河から引きはがして関東に送り込んだ。地縁を切るためだ。北条の土地で新たに領国経営のやり直しである。

もちろん権力者の狙いはそこにある。地方の大名が独自経営で豊かになって自活されてると困るのだ。あくまで中央政府の統治下でなければならない。だから国替えして土着権力が固定化するのを防いだのだ。自民党だって党本部があって地方組織である。東京都連のドン内田なんてのにデカい顔をされるのが嫌なのだ。地方組織は党本部の統治下になければならない。これが中央集権である。明治の廃藩置県も地方の土着組織を解体して新政府の県知事を派遣すると言った根切りである。もちろん知事は新政府の落下傘で派遣されるのだ。

もちろん政治家も戦国も国替えは悲喜こもごもである。その後の命運を分けた。ある者は成功し、ある者は統治に失敗して一揆が起きた。国替えを拒否して改易されて者もいる。

戦国の国替えの悲劇は色々あるが、それはいずれ書きたいと思う。政治家も戦国大名も「国替え」は一大事なのだ。

この辺で締めたいと思います。

長文を読んて下さってありがとうございました。

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