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駒のデザイン

ゲーム 雑談

www.g-mark.org

ゲームの話をしようかと思う。

小生はゲーム好きである。大抵のゲームは知っている。将棋、囲碁も麻雀もやる。カタンもやった。TRPGもやったことがある。カードゲームも、それなりだし、ボードシミュレーションもやっていた。まあビデオゲームも…であるが。

でもって、この駒がグットデザイン賞になった。賛否はあるようで、賛成派は斬新とか、否定派は以前の駒の方が分かり易いとか。小生的には「それなりに良いアイデア」だと思っている。

確かに以前の駒と比較すると違和感はある。デザインは「駒の動き」をデザイン化したらしいが、ちょっと分かりにくい所もあるかもしれない。それは理解する。でもこの駒には「従来の駒にはない魅力もある」のだ。それは「漢字を使っていない」所である。それは「漢字の意味が思考を邪魔しない」所である。

これだけだとちょっと伝わらないと思うので、例えば「金」には意味がある。金属の「金」で貴重品である。そして「銀」も金属の意味あって、「金」より価値の低い金属である。でも、この意味は「将棋とは直接関係が無い」意味である。

確かに金の移動範囲より、銀の移動範囲は一マス少ない。その点では確かに低いとは言える。でも局面によっては「斜め後ろに動ける」事が重要な時もある。しかし、初心者はどうしても「常識的な駒の力」で考えてしまう。銀の方が有効なのに、金を取ってしまうのである。格言にも「王より飛車をかわいがる」なんのもある。将棋は王を取るゲームで取られたら負けなのに、飛車を逃がしたりするのである。棒銀で銀と香車の交換に躊躇してしまうのである。銀の方が価値が高くて「損」だと感じてしまうからだ。

同様に、頭金で詰みなのに「飛車は強い」と思って飛車取ったりする。要点は「詰ますのに必要な駒を取る」のであって「強い駒を取る」ゲームではないのである。例えば桂馬が詰ますのに必要なら「飛車を渡して桂馬を取る」とか考えるのが将棋でもあるのだ。そして「成り」もそうである。なんでも成って「金と同じ」にすれば良い訳では無い。成らないと言う手が有効な手も多い。


でも、従来の駒だとその発想がしにくい。漢字のせいで駒に序列があると思い込んでしまうからだ。実を言うと駒に序列はない。役割があるだけだ。もちろん王を取られた負けなので、そこには序列はあるが。それ以外は基本的には無い。取られても良いのだ。もし手を加えるなら「王」だけ漢字を使った方が良いかもしれない。

なので、こう言う、駒に特別の意味の無い駒の方が良いのである。フラットな感覚で将棋ができる。そこが良いのである。確かに違和感はあるかもしれないが、それが良いのである。違和感が無いと言うは「そこに常識的解釈ある」と言う事で、それが序列とか、優劣を生んでしまう。それがゲームの目的を阻害するのなら、違和感があってもこの駒の方が良いのである。

ゲーム関係の記事はこんな感じで締めたいと思います。

長文を読んでくださって、ありがとうございます。

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