私人と公人



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森友学園の証人喚問について書いてみる。

総理夫人を呼ぶかどうかでも揉めているようですが、まあ名誉校長もやっているので、まあ喚問されるが打倒だと思うけどね。まあ総理としては自分の傷だし、夫人をそういう「裁判」に出したくないから拒否してるんでしょうが。

でもって首相の言い分は「妻は私人」である。小生は思わず「は?こいつバカなのか?」と思った。そもそも「私人だから証人尋問してはいけない」って、何なんでしょうかね?あきれ果てて、どう言っていいか分からん状態である。

まず、私人と公人についての話からしなければならない。まず、人がいる。これには公人も私人もない。ただの人である。あるのは「その人が公的責務をどの程度負っているか?」であって、人ではない。もちろん法人格と言うの「公益性」を負っている。程度が違うだけある。だから学校法人などは「公益性の高い法人」だから優遇されるのである。「NPO法人」と言うのも公益性が高いから非課税である。

そして、公益性と言う意味では「天皇」と言う存在がある。人である。でも極めて公益性の高い存在だ。存在そのものが「公益」である。だからその高い「公益性」で人権を制限されるのある。だから「生前退位」と言った「個人的に辞任したい」と言う判断であっても、公益の観点から議論になるわけである。だから、言論の自由や信教の自由もない。基本的人権が限りなくない。でもしょうがないのである。「それは公益性」が優先されるのである。

なので「公益性」と「公人」は別である。間違えてはいけない。誰にだって「公益性」はある。でも「公益性は低いから人権を最大限尊重しましょう」なのである

首相も公益性の高い存在である。だから「不逮捕特権」なるものもある。発言には重みがあるし、個人的信条ですべて話していい訳では無い。外交関係もあるからだ、政教分離もある。特定の宗教や思想と癒着してはいけない。それは「公人」だからではない。「公益性のある職務についているから」である。そして首相や議員は「公私を分けられない」そもそも勤務時間なんてないし、24時間権限を行使できる。だから「公人と呼んでいる」だけにすぎないのである。

だから政務活動費を強引に私的に使っても「これは政治活動」と言い張れるのである。「政治家は常在戦場で、常に公務」と言い切れる。それは良い。でも靖国に行くときだけ「これは個人的信条だから」は通らんでしょう。じゃあいつ人格が変わったの?って話である。せめて任期中くらいは「政教分離」は守って欲しいんだが。

なので、私人とか公人とか区別するとややこしくなる。

もちろん一般個人でも「公益性」はある。土地取得など「行政代執行」が良い例である。あれは明らかに人権を無視している。でも「公益性の観点から妥当」だから行うのである。たとえば空港を作ろうとして、予定地に家があったとる。どうしても売りたくない。でも取り壊さないと空港はできない。そういった「どうしてもやむ負えない」場合は「公益性を優先」して取り壊す訳である。

 

なので一般人であっても「公益性」はあり、制限される場合もあるのだ。

間違えてはいけないのは「土地と家主の政治信条とは別」である。家主の言論の自由も信教の自由も保障されなければいけない。そして土地の所有権は最大限保障されなければいけない。やむを得ない場合にだけかぎり「その土地の所有権は放棄しろ」と言うだけある。

そして、その判断は慎重に行わなければいけない。「空港を作るためにどうしても必要」と言う根拠がなければいけないのである。

 

 

なのでたまに「教師は公務員だから国に従え」かのようなアホな意見がある。確かに公務員として職務はある。でもそれは、議員や首相や天皇と同じではない。公務員であっても「政治信条のや信教の自由」は保障されるべきだ。それは「公益性」が違うからである。

だからと言って、教育の自由が完全に保障されるかと言えばそうではない。「精神主義」で炎天下で水を飲ませない」なんて教育はしてはいけない。事故がおきるからだ。教師の教育信条は理解する。でも、公務員としての「公益性」もある。なのでその教師の「精神主義教育」の方針は否定されるべきだ。そして、教師の裁量権に関しては、文科省でも教育委員会でも審議して決めている。なのでその裁量権の範囲なら「教師の自主的教育方針」は尊重されるべきだ。だから「体罰」と「日の丸起立問題」は根本的に違うし、起立に同意しない教師がいたって良い。そんな所にまで「公益性」を求めたら軍国教育である。

そういうことが分からんで「やれ公人とか私人」とかになるから困るのだ。

でもって首相夫人である。「公益性の非常に高い存在」である。「夫人外交」として国家外交にも関与する。気に入らない女性がいたからと言って食事会で、相手に水ぶっかけたりしてはいかんのだ。首相夫人が仮に韓国が嫌いであっても、夫人外交は公的責務としてやってもらわんといかん。

なので、特定の私学の校長とかやってはいけない。まあ問題がある私学なら「元名誉校長」としての責任もある。たとえ「名前だけ」であっても「名誉校長」は関係者なのだ。無関係ではない。と言うか「責任をもって名前は貸せ」ってことでもある。面識やよく知らない人間に「自分の名前は勝手に使わせるな」である。そして「許可した以上は責任も取れ」である。知らずに勝手に使われたならまだしも、講演の映像も残ってるし「無関係」とは到底言えない。

そして証人喚問である。呼ばれて当然で喚問すべきだ。ちなみ証人喚問に公私の区別はない。私人でも招致できる。証人喚問で有名になったロッキード事件の「小佐野賢治」ただの実業家である。全日空社長の若狭得治、丸紅会長の檜山廣や専務の大久保利春・伊藤宏らも喚問されている。私人であっても喚問には問題はないのだ。

関与の疑惑あり、招致が相当なら呼ばれるべきだ。小生個人判断では「元名誉理事長であり、首相の配偶者と言う公益性もある。喚問されてしかるべき」と考える。「安倍晋三記念小学校」の件もあるし、どう見たって関係者である。

なのになぜ、首相夫人だけ「私人だから」と言う発言になるんでしょうかね?それは夫人を喚問されるのはバツがわるいからなんでしょーねってことなんでしょう。そうとしか思えませんが。どうですかね?

この辺で締めたいと思います。

長文を読んで下さって、ありがとうございました。

 

 

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