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くわばたりえと食品ロス

社会 雑談 文化

 

news.nicovideo.jp


この発言に物議をかもしている。

引用

「なんか、『私は福島米食べてます』って言えない自分がいるし、このまえスーパー行った時に(福島米が)売ってたんです、ちょっと安くて。でも買わなかった安いのに。何故かというと、一杯並んでるのに減って無いんです。隣の200円くらい高い方が減ってるお米が。じゃあ、みんな買ってないから私も買わんとこって言うのがどこかであったりとかあって、じゃあ私がこのお米を躊躇無く買うにはこういう番組で『福島米すっごいみんな食べるようになりました』とか、プラスなことがあったら私も食べようって単純になるのかなって、こういうの(特集)ばっかりやってるとまた更に食べんとこって思う反面、検査したらほとんど基準値全然大丈夫ですって思ってるけど、食べない人の方が多いんだって思うと、『じゃあ……』ってなる自分が居たりとか」

引用終わり。

もちろん、東北大震災の福島原発がらみなので「風評被害を助長する」とか、いろいろな意見ある。「でも、やっぱり安心できない」と感じる消費者も多い。でなけば、話題にもならない話だ。

食品の安全性についてはここでは触れない。どの道、放射線の人体への影響は不明な点が多い。自然界にも存在している。日常で浴びているから、そんなに気にしなくてもいいと言う研究者もいれば、そうでない研究者もいる。状況によっても違う。成人と乳幼児では影響が違うと言われている。妊婦も違う。それを一括りにして一般化は現状ではとても無理だ。なので憶測や間違った知識も広まりやすい。

特に妊婦は特殊だ、胎児がいる。その影響は分からない事が多い。そもそも「酒やタバコ」だって妊娠中の女性は気にする。薬の服用も控える女性がほとんどだ。そのような方に対して「福島の米は安全だから」と言って信用されるはずがない。喫煙している女性だって妊娠が判明したら「禁煙」するくらい、食品の安全性には過敏になる。もちろん、過敏になって当然だし、ちゃんと考慮した上で論ずるべきだ。

そしてここに、この問題の複雑さがある。一般化できないのでわかりにくい。単純な答えで一つだけでは無いからだ。必ず前提と条件が付く。たとえばタバコにしても成長過程の子供などには影響が大きいから「禁止」だけど、20歳以上なら許可するとか条件がある。でも多くの論調はそこをとばして「安全」とか「危険」になってしまう。

この問題も0か1かではない。幅があり、状況判断が重要なのだ。

食品ロスと言う社会問題がある。消費期限が切れて捨てられる食品のことだ。そのロスが多いと言う。その問題について考えたい。

これも、消費者の消費行動による所が大きい。例えば、あるコンビニ弁当がある。作られて店頭に並ぶ、そして消費者が買うのだが、売れ残る商品が出始める。そして、補充の為に新しい弁当並ぶ。そうなると「売れ残った弁当」と「入ってきた新鮮な弁当」の2種類が店頭に並ぶ。同じ内容の弁当で同じ値段である。出来上がりの時間が違うだけである。

では、貴方ならとっちの弁当を買いますか?

普通は新しい弁当を買う。当たり前だ。そっち方が新鮮で安全だからである。誰でもそうする。でもそうなると「残った弁当」どんどん買われなくなって古くなる。新しく入荷した弁当しか売れないから、期限が切れて廃棄される。

消費者の行動原理としては正しい。でもそれは「0か1か?」なのである。弁当はいきなり腐ったりしない。消費期限があり「その間なら、安全で美味しく食べられる」。作ってから、1時間後と2時間後で、そう味が変わったりはしない。しかも「コンビニ弁当」である。後で食べるの前提として作られている。

でもって、消費者は大抵「レンジで温めますか?」と言われて温める。すぐ食べるからだ。すぐ食べるのに消費期限を気にする必要はない。だって30分後には完食して胃袋の中である。仮に6時間後に食べるなら、消費期限は重要だろう。それは理解する。でも店で温めるのである。すぐ食べないのなら温めはしない。

でも消費者は、損した気分になるので、同じ価格ならできるだけ新鮮な弁当を求める。結果的に「大量の食品ロスが発生する」のである。それは「消費者が過剰に新鮮とか安全を求める」からである。そしてちょっと古くなってしまったら、もう買わない。だから店は新鮮な弁当を入荷させる。そして、常に食品全体の「新鮮な物」だけしか消費されないから、取り残される大量の弁当は廃棄になる。

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フードレスキューと言う試みがある。そうした食品を何とかして消費しようと言う啓蒙活動である。「ちょっとくらい古くても期限以内に完食するなら問題ないから買いましょう」と言う運動である。これは弁当や総菜に限った話ではない。牛乳のような食品にも当てはまる。子供が育ち盛りで「一日に1リットル飲む」とかの場合は、消費期限は2日もあればいい。それまでには飲み切ってしまうからだ。わざわさ奥の方にある「消費期限が残っている牛乳」を無理して購入しなくても良いのである。でも、大抵の主婦はそうしない。製造年月日や消費期限を過剰に気にして購入する。

それをやめましょうと言う運動だ。でもあまり浸透していないようである。結局、消費者の意識が変わらなければ、食品ロスは無くならないのである。

でも、ひとり暮らしの独身女性に「フードレスキューに協力しろ」と言っても無理である。それは「一日では飲みきれないから」だ。そう言う人にはちゃんと消費期限の残ってる牛乳を飲んで貰えばいい。そして飲み切ってこそである。なんでもかんでも「古いものを買え」と言うのは「フードレスキュー」ではない。ちゃんと「完食できる」のが目的である。

なので、これも前提と状況判断があって初めてなり立つのである。

福島の米も同様である。どんなに啓蒙しても、消費者が動かなければ、どうにもならない。レスキューシールを張っても「買わなければ意味がない」のである。

そして、福島の米もフードレスキューも「前提と状況判断」の問題である。「危険と安全」と言った、2元的な問題ではない。すぐ食べる弁当と6時間後に食べる弁当とを一括りに消費行動を考えてはいけないし、放射線放射線の問題も、成人男性と妊婦では全く違う。独身の成人男性と妊婦では条件が違いすぎるのだ。成人男性には全く問題ないことが、実は妊婦にとっては危険なる事は多いのだ。その点は留意すべきだ。それは「成人男性の飲酒」と「妊婦の飲酒」とを同じに考えるくらい、無意味で、愚かで、間違った考えである。

だから、なんでもかんでも「放射脳」とか言ってはいけないし、過剰に「安全」と言ってもいけない。

ちゃんとしっかり「前提を言った上」で「安全か危険か」を言って欲しいものである。

この辺で締めたいと思います。

長文を読んで下さって、ありがとうございました。

 

 

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