銃剣術と配属将校

 

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学校で銃剣術を教えようと言う話らしい。学習指導要綱に「選択科目に銃剣道を加える」と言う。

銃剣術とは銃の先につけた銃剣を使って行う格闘術である。日本だと明治期になって入ってきた。ヨーロッパでは近世からあり、ナポレオンの頃も歩兵の突撃に使われてた。少女マンガの「ベルサイユのばら」なんかにもある。フランス革命の話なので、時代的にも、銃剣突撃はよく行われた。日本では旧日本軍の「38式歩兵銃」が馴染みがある。その銃の先に短剣をつけて槍のように使う。その短剣のことを「銃剣」と呼ぶのである。

もちろん現在ではほとんど銃剣術は役にたたない。武道としてもマイナーで競技人口は3万人程度でほとんど自衛官だそうだ。なぜこんな武道をわざわざ指導要綱に明記してまで学校教育に用いるのか不可解だが。まあ右の方々だから戦前の銃剣術に愛着があるのかも知れないのでしょうね。

銃剣術では「突き」が主体である。ちなみに剣道にも「突き」がある。面、胴、小手に「突き」である。喉の所に「突き」が入れば一本である。でもこれは危険なので中学生以下の大会や稽古では行わない。怪我をするからである。もちろん武道なので多少の危険はあるが、喉なので怖い。万が一竹刀が刺さったりでもしたら大事である。だから禁止なのである。

銃剣術はその危険な「突き」が主体の武道なのである。学校で教えるべきかは、その時点で考慮が必要だ。別に武道なら、柔道でも剣道でもいい。そっちなら、十分な指導者がいるし、安全にも配慮された指導ができる。そもそも競技人口多く、そのような実績があるから「学校で教育目的に使える」のである。そして柔道はオリンピックの種目である。別に選手の育成とかではなく「国際的に認知されている」と言う点である。ある一定以上の国や競技人口がなければ「種目としてオリンピックには採用されない」。それだけ世界に普及していると言う証明である。なのでそういった種目を学校で教えると言う意義はあると言える。

まず、そこが柔道や剣道と、銃剣術の違いである。

そして、指導者の問題がある。競技人口が3万人で、しかもほとんどが自衛官なので「指導者がいない」。現状では選択科目なので「やらなくても良い」のが、必修となれば問題になる。指導員を確保しなければならない。

現状の教師が指導員となって教えるなら問題は少ないと思うが、多分そうはならない。教師でしかも銃剣術の指導ができる人などいない。現状では一校だけが「銃剣道」として教えてるそうだが。その程度が限界である。そんなに銃剣道が普及はしない。現状の柔道と剣道を「武道科目」として採用する学校が圧倒的に多いのだ。その一校だけを保護するために「わざわざ指導要綱に明記した」とも言える。現政権はそれほどまでに銃剣術に思い入れでもあるんですかね?

教育勅語にも固執するし、今度は銃剣術と言い、そう言う事が好きな政権である。

でもって、ここからが違った問題で本質的になるのだが、指導者が少ないのは事実である。競技人口のほとんどが自衛官と言うのも事実である。そして、教育現場で銃剣道を普及させたい。しかし、指導員がいない。どうするかである。

これが実は恐ろしい事であるが「予備役となった自衛官を指導員として学校に赴任させる」のである。これが一番の問題で、これが目的かもしれない。怖い話である。そうすれば、指導員の不足は補える。なにしろ競技者のほとんどは自衛官なのだ。指導者も多い。現場は指導員不足である。

でもこれは許してはならない。必ず軍国教育の温床となるからある。絶対になる。だから「銃剣道の問題」は単なる「武道」の問題ではない。もっと大きな問題なのである。

戦前に「陸軍現役将校学校配属令」と言うのがある。1925年に戦前の中等学校以上に軍事教練が必修となったのにともなって、現役将校が「配属将校」として学校に配属された。軍事教練を教えるためである。教師が軍事教練はできないから、専門の軍人に来てもらって指導してもらうためだ。

経緯は様々である。軍人の再就職と言う意味あいもある。当時は「宇垣軍縮」と言うのが断行された。近代化のために4個師団を廃止して、戦車や飛行機を開発すると言う計画である。その予算ねん出のために解体するのだが、そのために5000人もの将校を解雇(予備役)にする。現役の軍人が失業となれば、反発もある。有事の際に現場に復帰して(再招集)もらわないといけない。

そこで軍事教練を必修にして、教育機関に再就職の受け皿を作ったのである。

そしてこれが、軍国教育の温床となった。なにしろ教育機関に軍人が介入するのである。それも末端の学校の現場に軍人が配属される。そして教育現場を支配して行くのである。なにしろ軍人が学校にいるのである。監視の下で授業しなければならない。もし目を付けられたら大変である。たちまち、憲兵特別高等警察特高)に通報で逮捕である。まともに教育はできない。そうして軍国化が加速されるのである。

現実にこの教育の思想弾圧は有効に機能した。学校では誰も「配属将校」には逆らえなくなった。逆らったら通報され逮捕である。特高が来て思想犯罪として逮捕するのだ。

そうして教育の思想弾圧は行われたのである。この事実は忘れてはいけない。

そして、現在の「愛国教育」である。このきな臭さはどうしても、私にはある。「銃剣道」と言う戦前のイメージからくる反発も多いが、そんな問題ではない。自衛官であろうが軍人である。軍人が学校を監視する社会になりかねないのである。なので銃剣道を武道科目化」には反対である。武道の精神性とか教育目的ではない。それ以前に大切で守らないといけない問題である。森友学園の教育方針が公教育で行われる温床となりうるのだ。

 

赴任した自衛官がかつての「配属将校」の役割を担うだけである。簡単に温床となりうるのだ。

別に武道を教えるなら教えても良いと思う。でもそれは、柔道や剣道でいい。それで十分だし、正規の教員免許を持った教師が指導できる。アマチュアの指導者も多いし、大学で剣道をしていた教師も大勢いる。彼らに指導してもらえばいい。何も問題もないではないか?

それをわざわざ自衛官しかしていない「銃剣道」である。それは自衛官を学校に送り込んで「軍国化」したいと思われても、しかたがないと考えるけどね。

この辺で締めたいと思います。

長文を読んで下さってありがとうございました。

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