出産と認知症と電車事故

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なにやら電車内で出産したのが論議になっている。突然破水して、偶然いた元看護助手に助けられて出産したとか。そのせいで電車が止まったとか。無事だったので何よりであるが、影響も出たのも事実だ。緊急事態とは言え、電車内で出産するのは好ましくない。本人もそう思っているだろう。そして危険である。無事母子ともに健康だから「結果オーライ」であるが。もし状態が良くなくて不幸な結果になることもある。そのようなリスクは当然考えるべきだ。大事な体である。

でもこういう話になると、途端に個人の不注意とかの非難になる。その一面も無いわけではないが、それ以外の事情に考慮すべきだ。

確かに臨月の妊婦はあまり外出しない方が良いと私も思う。通常の状態ではない。だから産休も取る。でも四六時中、家で安静と言うわけにもいかない。日常生活だってある。近くのコンビニに買い物行ったりしなければいけない。通院だってある。だから緊急事態であったわけだ。

当然影響を受けた方にだって言い分はあるだろう。そのせい遅刻したからと言って会社は認めてはくれない。雪で電車が止まっても忖度しないのが今の社会である。昔は多少は多めに見てくれたが。今はすべて自己責任だ。「おまえのせいで遅刻した」と言ってやりたくもなるだろう。

そして元看護助手の対応も論議になっているらしい。緊急事態だから致し方ないが、だからとって免許も持っていない人が対応するのも議論になって当然だ。もし不幸な結果になったら、どう責任をとればいいのか?無免許である。裁判にならないとも限らない。実際救急車には医者は乗っていない。だからできるのは応急処置だけだ。看護師だって医者ではないので医療行為はできない。緊急事態だからと言って出来る事で出来ない事があるのだ。「結果オーライ」済ます訳にはいかない。一歩結果が違ったら裁判沙汰になるのだ。当然無免許なので刑事事件になる。

こうした事故で電車が止まると言うはある事だ。ホームでの人身事故や踏切での事故もある。最近では「認知症患者が踏切で事故」とかもある。当然電車が止まる。鉄道会社が遺族に損害賠償を請求して裁判にもなった。結果は「賠償は認めない」と言うものだったが。この手の事故に対しても最近はうるさくなった。認知症なのに外出させるなとか?。今回の件もそれと同じである。確かに理解はできるが、でも施設に入れて四六時中監視して監禁しておくのいいのか?。認知症の状態にもよる。家族の負担もある。そのような諸事情は考慮すべきだ。

それを個に押し付けて解決しようとする判断が間違っている。それは「ヨイトマケ」に過ぎない。ブラック企業のやり方だ。現場の頑張りだけに頼るからいつまでも解決されない。

なので、非難合戦は無意味で愚かなことだ。社会問題としてリスクを軽減する対策を講じるべきだ。

日本ではいまだに「妊娠は病気ではない」と言う認識で社会が成り立っている。だから陣痛が起きても、自己責任で病院にいくのだ。救急車は原則的に来ない。保険適用も限定的だ。だから出産には金がかかる。入院費は基本保険が適用されない。もちろんベットの空きの問題もあるが、出産には金がかかる。40万~60万くらいかかるらしい。なので予定日ギリギリまで自宅で生活する。通院だって個々の事情が大きい。最近では民間の保険会社が参入している。

そんな状態である。貧乏人は金が無くて電車で通院しなければならない。タクシーなど使えないのだ。検診も最近になってやっと保険適用されるようになったが、昔は自己負担である。それは少子化になったからだが、そもそも妊娠、出産の公的補助が少ないのが現状だ。だから少子化に一因にもなっている。「欲しくても作れない」からだ。

それを「妊婦は電車に乗るな」と言った所でどうなるものでない。コストを考えた上でリスク軽減を考えるべきだ。出産予定日が28日前なら、タクシーの料金の助成をするとかすれば違うだろう。妊娠すれば「母子手帳」があるはずだから対応は可能である。通院に限ってもいい。タクシーチケットと同じ感覚である。高齢者が運転免許を返納したら助成しているのだから、妊婦のリスク軽減に助成したっていい。電車内で出産するよりはいいのだ。

少子化問題に対応するなら「陣痛でも救急車が対応する」ぐらいの助成も必要だ。そのうち「陣痛で苦しみながら電車で病院に行く」時代になる。非常識とか叩いても意味のない時代に来ている。金がないからそうするしかないのだ。昔とは違うのだ。救急車に関しては「マナー問題」もあるだろうが、多少は大目に見て欲しいものだ。でないとこのような事はまた起こるだろう。それをいちいち非難合戦して楽しいのか?

これは社会問題で政治の問題である。出産費用が賄えないなら国が助成しなければ出生率は上がらない。この問題も当然政治の責任でもある。タクシーで病院に行っていれば電車は止まらないのだ。金がないなら助成すればいい。それだけのことだ。

少子化も介護も、結局は個の問題にして「頑張れ」である。少子化対策も「生む喜び」とか、介護も「家族の支え」とかスローガンばかりで何とかしようする。まさしくヨイトマケブラック企業のやり方である。

別に政府に「生む喜び」とか「家族の支え」なんて講釈を言われる筋合いはない。でも政治家は個の問題に論理をすり替える。現実に公がやるべき事があるのだ。公の事は公でしか解決できない。だから政治に期待するのだ。

美談とか非難合戦なんかする前にもっと考えることがあると思うが。

この辺で締めたいと思います。

長文を読んでくださってありがとうございます。

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